《MUMEI》 「大丈夫」。「どうして、嘘を憑いたの?」 迫る逆間。言い方は優しく丁寧なのだが、迫力がある。 「別に…………逆間には関係ないことだ」 眉がピクリと上下した。だいぶ怒っていらっしゃる。 「…………そこまで頑なに言わないなら、引いてあげるけど、私達、結構心配してるんだからね」 達、ということは、他のみんなも。 「そうやってギリギリまで人を頼ろうとしないのが、新斗くんの悪い癖だよ」 小さい子供に、めっとするように、優しく言う逆間。 それはわかっている。 わかっているのだが。 「結局最後は自己責任なんだ。他人がいようがいまいが、それだけは変わらない」 何故このような言い方しかできないのか、自分でも呆れる。 それに逆間もムッときたのか、唇を尖らせる。 「新斗くんはさ、自分が何を言っているのか、ちゃんとわかってるの?」 「わかってるさ。逆間こそわからないか?ボクが拒絶しているのが」 「わかってるよ。でもそれで無理矢理納得して見て見ぬフリなんて、もうしたくない」 逆間の目は真っ直ぐで、綺麗で、とても直視できない。 そうか、自分で変わっていったんだ。 今までの自分に後悔して、良くなろうとしたんだ。 すごいな、逆間は。 ボクはそこまで、多分変われない。 逆間の変化は、今はただ煩わしい。 「…………まったく引けてないじゃないか」 「あ、この言い方じゃ確かにそうだね」 唇に指を当て、ふふっと微笑む。 何故逆間は笑えるのだろうか。ここまで拒絶しているのが、わかっているのに。 「大変な時は、みんなを頼ろうよ」 ボクの心の中を読んだように、逆間はまた屈託のない笑顔を見せる。 「私達を巻き込みたくないから、わざと孤独になるような事を言うのは止めようよ。辛いなら辛いっていいなよ。それを受け止めてくれる友達はいるはずでしょ?」 確かにそうかもしれない。 だが、ボクは一度この手でみんなを…………。 頼れない。 そんな身勝手が許されるわけが―――――― 「大丈夫」 逆間はそう言って笑う。 何が、大丈夫なんだろうか。 それよりも、逆間の話の文脈的におかしくないだろうか? 何故、今このタイミングで大丈夫と言ったのだろうか。 「新斗くんにどんな負い目があっても、みんな新斗くんが頼ってくれるのは嬉しいと思うよ」 そんなこと、あるのだろうか。 「みんな、新斗くんの味方だよ」 逆間の言葉に嘘は見当たらない。 当然だろう。そんなやつじゃないことは知っている。 「だから、新斗くんが私達を頼ってくれるのを、ずっと待ってるよ」 ボクの頭に手をぽんぽんと軽く撫でる。 いつもなら、クセっ毛で乱れるからやめろと言いたいところだが、何故だか無性に嬉しかった。 頼っても、いいのだろうか。 そう思い始めた。 「新斗くん?」 いつまでも俯いているボクを心配そうに下から覗く。 実はかなり目が潤んでいた。 それを隠すように逆間の視線から逃げ、鞄を持ちながら立ち上がる。 「ふ、ふん。本当にお人好しだな、お前は」 「そうかな?そんなことないと思うよ」 逆間がお人好しでないとすると、一体誰が優しい人間だというんだろうか。 「もう帰るよ」 「うん…………って、あ!早く不思研に戻らなきゃ!美鶴ちゃんに宿題教えてあげる約束してたんだった!」 あわあわとしている逆間の横を通り過ぎ、扉の前で振り返る。 「逆間」 逆間は床に落としてしまった数学のノートを拾いつつ、こちらを見る。 「あり………がとう」 笑うことは難しいけど、礼は言えた。慣れていないから、少し噛んでしまったが。 「どういたしまして」 窓から入る夕陽の逆光のせいか、逆間の笑顔はかなり眩しいものだった。 前へ |次へ |
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