《MUMEI》 ボクの心。あ、マズイ。 と思った頃はもう家に着いていた。 担任からもらった生徒会選挙の申請書を教室に忘れてしまっていた。 これから学校に戻るのは億劫で、早々に諦めた。………僕としたことが。 提出日はまだ先だから良いのだが、そもそも提出するかどうかも悩んでいる。 逆間と話をしたが、ボクの問題が解決したわけではない。 玄関を通り、自分の部屋に直行した。 そのままコートも脱がずにベッドへ倒れ込む。 五人の中で最もメンタルが弱いのは、ボクだろう。 神名、逆間、風影。 ボクに起こった現象はその三人ほど表面化していない。 神名は人格が代わることによって、クラスの連中からは情緒不安定と言われているらしい。 逆間は取り戻したとはいえ、記憶の欠陥に恐怖しただろう。 風影はいつスイッチが入り、暴走するかわからない不安感を抱き続けている。 それなのに、何故あんなにも笑っていられるのだろうか。 手が震えている。 以前、これは武者震いだろうか、と自問したことがある。 我ながらふざけていると思う。 こんなにもボロボロなのに、武者震いなわけがない。 恐怖しているんだ、ボクは。 無慈悲な現象に、屈しているんだ。 心が折れかけているんだ。 だからこそ、逆間の言葉は嬉しかった。 辛くて辛くて、それでも堪えていた涙が止めどなく溢れていた。 何故あんなにも優しくなれるのだろうか。 何故あんなにも強くなれるのだろうか。 答えはわからない。 今のボクには、わからない。 強くなりたい。 そう願った時、体は勝手に動いていた。 一度も慌ただしくしたことのない家で駆ける。 廊下を歩いていた姉は、目を丸くしていた。 バンッ、と扉を勢いよく開くと、雪が降っていた。 雪のことなど、全く気にならず、ボクは走り出した。 運動は得意じゃない。 スポーツテストだって、下から数えた方が早い。 それでも走る。 ペース配分とかそういのは関係ない。 今を走る。 学校はそう遠くない。 だが、もうそろそろ完全下校時刻となってしまう。 頼む、居てくれ。 学校が見えたころ、校門を通る四人の影を見た。 直感的に誰だかわかった。 「みんな…………っ!!」 息を切らし、精一杯の声を出す。 その声は掠れている。 四人は振り返ると、驚いたような表情をした。 足が縺れ、寸前の所で雪に滑り、激しく倒れてしまう。 心配そうに駆け寄ろうとするが、ボクは右手を出し、制止させる。 その前にボクは、話がある。 「今まで………っ、隠していてごめん!避けててごめん!まだまだ…………謝らないといけないことは沢山ある………!」 四人は何も喋らず、ボクを見つめる。 「ボク一人でもって思ってても…………ダメだった!ボクは弱いから!…………みんなはどうしてそんなにも強いのかわからなくて………がむしゃらに頑張ったけど耐えられなくてっ」 ボクの涙は止まらない。 叫びも止まらない。 「ボクは強くなりたい!けどそれは…………っ!一人じゃダメなんだってようやく気付いて!もう………遅いかもしれないけど…………怒っていると思うけど………!お願いだ!!」 言っていることは支離滅裂で、ちゃんと通じているかはわからない。 でも、でも。 多分、人は理屈を並べられるよりも、感情を出した方が、きっと通じる。 「ボクを…………ボクを助けてくれ!!!」 精一杯の叫び。 これが本当の、本当の本音。 嘘はどこにもない。 四人はまだ何も言わない。 沈黙の時間が続く。 そこへ四人のうちの一人が動き出す。 浅く積もった雪を踏む音がボクの目の前で止まる。 顔を上げると、神名はにこりと微笑み、ボクの肩に手を置いた。 「もちろんだよ」 後ろの三人も笑っていた。 ボクは友達に恵まれている。 意識では涙を堪えようとしているのだが、理性がそうさせてくれない。 これはさっきまでとは違うのだと、心が訴えているんだ。 この涙は、流してもいいものだと。 堪えていたものを、開放させた。 ボクはこの時、人生で一番泣いた日だった。 前へ |次へ |
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