《MUMEI》

寝起きの良い人種と、寝起きの悪い人種。
二つの人種の間には飛び越える事の出来ない深い溝、あるいは乗り越える事の出来ない高い壁が存在する。
二つの人種の間で、いつか軋轢が生ずるだろう。
やがてそれは血で血を洗う戦いへと拡大し、全世界を巻き込んで...などと下らない事を考えながらバスルームに飛び込み、ぬるめのシャワーを頭から浴びた。
5分ほどする頃には脳内電気信号も正常な活動を営み始める。
バスルームを出て15分後には、髭そり調髪、トーストの朝食に身仕度も済ませ、マンションを出る。
ここから15分ほどの距離の駅に向かうスーツ姿のサラリーマン達が、歩道を疎らに歩いている。
私も無個性なその群れに溶け込み、同じ方向へと歩きだした。
じりじりと照りつける太陽は早くもアスファルトを溶かし、靴底にねちゃねちゃと吸い付いてくる。
今日も暑い一日になりそうだ。
昨夜のニュースによれば、また熱中症で死者が出たらしい。
それにしても暑いな。
私は駅へ着く半分の道のりでギブアップし、脱いだ上着を小脇に抱えると、額の汗をハンカチで拭った。
駅が近くなるにつれ、通勤サラリーマンの量も多くなってくる。
きっとカモメが遥か上空から地上を見下ろしたら、黒い無数のけし粒が川の流れのように同じ方向へ進む様が見えるんだろう。
カモメから見たら、私もそうしたけし粒のひとつにしか過ぎないわけだ。
いよいよ駅が間近くなると、私の視界は無数の背中の壁に遮られた。
スーツ、シャツ、スーツ、シャツ、スーツ、シャツ、スーツ、シャツ、顔のない頭の群れが、駅の入り口へ続く歩道を黙々と進んでいく。
私自身を含めて。
その頭の群れの向こうに、不意に白い顔がヒョイと現れた。
白い顔は整った女性のものだ。
微かに上下に揺れながら、人の流れに逆らうようにこちらに向かって近づいてくる。
またあの女性ランナーか。
ほとんど左右に動いているようにも見えないのに、この人混みの中を誰かにぶつかる事もなく器用にすり抜け走って来る。
ラッシュの流れに逆らうようにランニングするその女性の姿は、ここのところ毎朝のように見かけられ、私にとっては気になる存在になっていた。

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