《MUMEI》

特に派手な顔立ちをした美貌とゆう訳ではない。
だが間近で見ると意外に整った顔立ち。
まっすぐ前方に向けられた瞳にはどこか意思の強さを感じさせ、口許を引き締めた顔が私の眼前に迫る。
その一瞬、ひたすら前方を見据えて いた女性がちらりと私を見て....瞳の奥で....微笑んだような気がした。
私の胸がざわつく。
いや錯覚だろう。
そうゆうのを、自意識過剰って言うんだろう。
彼女からしたら私も、すれ違う無数のサラリーマンのうちの、背景のような一人にしか過ぎまい。
普段からよほど走り慣れているのか、かなりのスピードで走っているのに、たいして荒い息づかいもしていない。
しかし富士額に微かに光る汗は太陽光を跳ねて、黄金色に煌めいている。
きっちり束ねた長く艶やかな黒髪が、競争馬の尻尾のように、風で後ろに流れていく。
真珠貝に似た耳にはイヤホンがはまっていた。
聴いている曲名は洋楽で『君の瞳に恋してる』。
いや、その点は私の想像である。
馬の尻尾のような髪が、私の顔をはたきそうになりながら眼前をよぎり、一瞬のうちにすれ違って行った。
無意識のうちに歩く速度が遅くなっていたのかも知れない。
後ろについていたサラリーマンが私にぶつかりそうになり、非難がましい視線を飛ばして追い越して行く。
ちっ!とゆう舌打ちの音が微かに聞こえた。
アイムソーリー。
だが、知った事か。
私は肩越しに振り返り、視線で女性ランナーの姿を追った。
短パンから伸びた白い脚が私の眼を眩しく貫いたのもつかの間、あっと言う間に女性ランナーの姿は、通勤ラッシュの人混みの彼方に消える。
私はこちらに向かって歩いて来るサラリーマン達の壁に押されるように、いつも通り駅への道を黙々と歩きだした。

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