《MUMEI》
二つ星
風が哭いている。
心地いい風だ。
草原に充ちる死の匂い。
血の匂いは風に乗り、どこまでも運ばれて行く。

「ナナト。よかったのか?弟に逢わずに去っても」

背の高い大男は、そう言ってニヤリと笑った。

「構わぬ。奴には伝言を預けた。」

深く外套を被った男はくす…と口元に笑みを浮かべた。

小高い丘に、今だに消えぬ炎を立ち上らせる村を見下ろす。紅い炎と黒煙は、哀れな死者を弔う送り火か。

「ねぇナナト。次はどこへ行くの?」

金髪の可愛いらしい童女が、無邪気に首を傾げる。
男は笑った。

「愛しき弟を拾ってくれた恩がある。あの少年に礼を言わねばな…」

黒曜石の陰りなき瞳の、憎むべき一族の末裔…

「シェルティ。ナギト。クナトの里へ行くぞ。
…「神剣」を奪う。」

神殺しの剣。かつて私を
殺したつるぎ…

「ナナミ…兄はお前を待っているぞ。」

愛しい、憎い、我が同胞よ。




アルタ神族は、支配と戦争、火と殺戮の神。
まだ大地が神がみの物であった頃。人間が神の贄にされ、捧げられた時代。度重なる弾圧に、一人の人間が反逆の狼煙を上げた。
名を、クナト。
クナトは一族をアルタに皆殺しにされた。
憎しみのあまりクナトは禁忌を犯し、アルタの護るセトの泉を飲み、神となった。そして戦の神サリアに剣を一降り授り、アルタ神族にたった一人で闘ったという。



アルタに二つ星。
一つは紅い炎の星。剣を持ちたる荒ぶる兄神。

一つは蒼い炎の星。盾を持ちたる冷酷な弟神。

銀の髪の対の神は、大地に混沌と殺戮を齎しめるなり。火が森を焼き、海は干上がり、風は死臭を運ぶ。

銀の神はクナトに討ち取られ、封じられたという…






「アトウ…。すまない。私はもう、どう償えばいいか解らない。」

荒涼の大地に、墓標が黄昏に照らされている。

アトウは何も言わず、墓標に小さな花を手向けた。

「村を襲ったのは…私の兄だ。自分を…アルタの神の、生まれ変わりだと信じ込んでいる。」

兄の狂気が…村を滅ぼした。

「クナトに対する復讐か、ナナミ。」

…アトウは、俺を真っ直ぐ見詰める。…目が、見られない。

「いや兄が、憎いのは、私だ。私が…」

「ナナミ。何故、俺を、見ない。」

…兄から逃げた。兄の執着は尋常じゃなかった。

ナナトは、「俺」を…

「ナナミ!おい!」

「あ…。アト…ウ。」

「大丈夫か。しっかりしろ。」

アトウは私を抱きしめ、背中を優しく叩いてくれた。少し高めの体温が、心地いい。

けれど。

「触らないでくれ、アトウ!」

「?!」

私は汚れている…っ。

私はアトウを突き放し、叫んだ。

「私は、汚れているんだ…アトウ…。」

だからどうか

その瞳で、見詰めないでくれ。

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