《MUMEI》
「嘘だろ」
恐れていたことが現実になった、とよく使われる言葉だが、ここまで酷い状況になりえるのだろうか。
一体誰が、銀行へ寄ったら強盗に巻き込まれると思う?
人間の危機本能の低下がうんたらかんたら言ってる場合でもない。
堪らずため息を吐く。
外が賑わう街中だったとしても、ここは少し特殊な位置関係にある。
表は人がよく通り、交通量も多い交差点があるのだが、生憎とこの銀行はその真逆の裏道に出入口が存在している。
扉は二重の手動となっており、更には一つ目の扉は曇りガラスだ。
外は五月蝿く、銀行内の音は聞き取りにくく、鍵を掛けられてしまえば中の確認すら困難。銀行強盗が喜びそうな物件だ。堪らずため息を吐く。
「おい、ここの一番偉い奴はいるか」
「わ、私です」
向けられた拳銃に怯え、薄い頭部から汗が頬を伝い、床に落ちる。そんな汗っかきの小太りおじさんはリーダーと思われる男と銀行の奥へ行った。
三人はサングラスや帽子、マスクなどで完全変装しており、顔はわからない。怪しさMAXではあるけど。
服の裾を引っ張られる。
伊桜が震えていた。
恐らく今の心境を言葉にするのは難しく、ただ小声で俺の名前を呼ぶだけ。
「大丈夫だ」
小声で返す。
伊桜は不思議そうに、だがいっぱいいっぱいで、じっと俺を見ることしかできていない。
「ああ、そうだった」
マシンガンを携えた男の一人が急に口を開いた。
「あいつにさ、見せしめとして一人殺っとけって言われたんだよな」
「マジか。ま、適当に選んでこいよ」
「は?」
話の文脈的に言うと、この中の誰かが一人、犠牲になる。
正直、犠牲者さえ出なければ強盗など見逃すつもりだったのだが、こうなってしまっては仕方がない。
俺がここで、こいつらを咬み殺す。
「待って葉月ちゃん………!どこに行くの!?」
強盗らには聞こえないくらいの声量で進もうとした俺の腕を掴む。
いつもなら歓喜するが、今はそんなことを言っていられない。
「悪い伊桜。離してく」
パン!
銃声が響いた。
どさりと、人が何の支えもなく、倒れ込む音。
その瞬間、誰かが悲鳴を上げる。
人と人の間から、わずかに見える。撃たれ、倒れ込み、血を流した人物は。
先程、俺の体を支えてくれた、女性だった。
「……………!!」
その女性は、ピクリともしない。
どこを撃たれたのかは、わからない。
不思議的に、この女性は、死んでいる。
こんなにも呆気なく、人は死ぬ。
嘘だろ。
犠牲者を出してしまった。
自分の責任だ。
それなのにも関わらず、
俺の中の心の熱は、急速に冷めていく。

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