《MUMEI》
1.
闇の中で蝋燭の火を灯したように、突然星良『せいら』の意識は目覚めた。
目覚めた星良は長い睫毛の埋まった目蓋を持ち上げると、まず瞳だけを左右にゆっくりと動かし、周囲を見回した。
うす暗い見知らぬ部屋。


今は何時だろうか?


そしてここは、どこなのか?


こんな所に来た憶えは、無い。


ぼんやりした頭の中を探り、星良は昨日の行動を思いだそうとする。


会った人物や、行った場所。


そうだ。


確か私は夕飯の材料を仕入れに、スーパーへ買い物に行ったのだ。


その先の記憶がない。


いや、ただ思い出したくないだけなのか?


記憶を探ろうとする意識が、先へ進もうとするのを拒むように立ち止まっている。


ともかく、こんな所に横たわっていても、らちが明かない。


早く家に帰ろう。


家?家ってどこだっけ?


意識と同じように体も鉛のように重く、
彼女が起き上がろうとするのを拒否していた。


とても眠い。
何も急いで帰る必要はないではないか?
星良は思った。


少し休んでから...もう一眠りした後でも良いじゃないか?


そもそもどうして家に帰らなければならないのだろう。


だって私にはもう、帰る場所なんてないし、もう...


死んでるんだから。


不意になんの脈絡もなく、そんな思考が内に沸き上がった。


星良は自分自身を疑った。


何を馬鹿な事を、私は考えているのだ。


不条理な!


現に今も私は、こうして生きて...


そこまで考えた瞬間、雷に打たれたごとく悟った。


それが事実だという事を...。

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫