《MUMEI》

そうだ!否も応もなく思い出してしまった。
確かに自分は、あの時死んだはずたったのだ。


今もはっきりと覚えている。


喉に食い込んできた、冷たいナイフの感触を...。
その刃が横に引かれ、自分の喉から噴水のように赤い液体が迸るのを見ながら、
意識が遠のいていった事を...。


嘘よ!


彼女の意識は、その生々しい記憶を拒絶した。
これは意識が混乱しているための、記憶の錯乱に過ぎない。


悪夢と現実を混同しているのだ。


眠ろう。眠ってもう一度目覚めた時には、きっと意識も正常な状態に戻り、まともに物を考える事が出来るようになるだろう。


意思に肉体が応じた。
みるみるうちに視界が暗くなり、意識は冷たい闇に呑まれていく。


もう何も考えられない。考えたくない。考えない。


完全なる忘却とは何と心地よいものなのか?
それは忘れたいものを抱える者にとって、究極の救いなのかも知れない。


背中に当たる固い床の感触がいつの間にか消え失せ、まるで柔らかなベットの上にいるかのように意識がすーっと沈んでいき、途切れ...


なかった。
星良は意識を持ったまま、冷たい闇そのものと化した。

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