《MUMEI》

「目覚まし時計!」


「ぴんぽーーん」


耳元で指がパチンと鳴る。


そうだ。よかった...


私は生きている!


生きているんだ!


目覚めれば、また新たな一日が待っている!


いつもは嫌いな目覚まし時計の音が、こんなに素晴らしいものに聞こえた事はない....


「ありがとう...」


心からの感謝の言葉と共に背後を振り返ると、そこには誰もいなかった。


星良はいつの間にか見知らぬ海岸の波打ち際に佇んでいた。


ザザ〜〜とゆう音と共に、


裸足の足下に、海水が打ち寄せてくる。


暖かな水の感触が足首までを瞬間包み、
また静かに退いていく。


遠くの岬には灯台が立ち、穏やかな波の彼方...ぼんやりと霞む水平線では、幾つもの小さな船影が行き来している。
空には無数のカモメ達の影が、まるで風に身を任せるように、気ままに游弋『ゆうよく』していた。


やや陽射しの傾きかけた、春先の海。


潮の香りを含んだ心地よい風にうっとり自失した彼女の後ろから、またあの声が


「どういたしまして」


思わず振り返る。


予想以上に間近にあった顔にきゃっ!と叫んで後ろへ飛び退くと、茫洋とした
空気を放つ男が照れたように、頭を掻いていた。


「こりゃどうも初めまして。
...とは言え、まだ『会った事はない』んだが...」


顔立ちは整ってはいるが、どこか不健康そうな肌色の男は、何がおかしいのか
自分自身のセリフにけらけらと笑い始めた。


「ふはは、こりゃおかしい!
笑えるわ、あははは!」


場所は再び、廃墟の病院の廊下だった。


男はきょとんとした星良の視線に気づくと、笑いを止め居ずまいを正した。


「ええと、それじゃ...お近づきの印に名刺でも」


男が胸ポケットを探る。


その背後から殺人集団の一人が忍び寄るのが見えた。


その手にはナイフが光ってる。


「危ないっ!」


名刺を取り出そうとしている男の背後で、殺人者がナイフを振り上げる。


その鋭利な切っ先が、男の背中に突き立てられようとした次の瞬間...

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