《MUMEI》
「死ぬかと思った………」
さて、あいつをどう蹴散らすか。
現在、エントランスには数十人の人質と一人の強盗がいるわけだ。リーダー格的な奴が戻ってきていないのは幸いかな。
強盗は人質の前に重火器を構えている。そして、今廊下に潜伏している俺とは距離がある。
最悪重火器をぶっ放たれるても、奴を撃退すれば二体一という状況にはならない。
確実に撃退するならば、接近するのが無難だ。だが、接近すれば蜂の巣だ。
しかもリーダー格が戻ってくるのも時間の問題だ。
気付かれないようにこっそり接近するほどの時間は恐らく残されていないだろう。
うーん、難しいな。
勇者モードに変身すれば話は簡単だが、数十人の記憶を書き替えるなど、至難の技だろう。というか、グルルヌにやめてくれと直々に頼まれてしまった。まぁ守る義務はないのだが。
とは言え、俺だって出来れば変身はしたくない。疲れるからね。
よし!と両頬を軽く叩く。
ここまで来る途中に拾った缶をポイッとエントランスに向かって投げつける。
カァァン、と音が鳴り響き、強盗は缶が落下した方へ勢いよく重火器を向け構えた。
「おい、悪ふざけなんかしてんじゃねえよ」
重火器を構えたままだが、声には若干軽い言い方があった。
「ん?缶か?」
缶を拾い上げた瞬間、俺は動く。
十数メートルを駆け、背後から背部を両足で蹴りつけた。所謂、ドロップキック。
「ヴぇあっ!?」
ヘンテコな喘ぎと共に強盗は派手に転倒。実は俺も受け身に失敗。
急いで俺に重火器を向ける。俺の後ろには誰もいない。撃たせてもいい。
俺は立ち上がり、無我夢中に右へ跳ぶ。
ガガガガガガガガ!と先程まで俺が転んでいた場所にいくつもの穴が作り出される。
強盗との差はたった二、三メートル。だが、その差は今はとてつもなく遠い。
「くっ」
尻ポケットに入っていた自分の財布を思わず投げつける。それしか投げれるものがなかったのだから、仕方がない。
財布は強盗の顔面に直撃。手元がぶれ、再び放たれた弾丸の雨は天井へと注がれた。
「うわああああ!!」
強盗へ接近。あとたった三、四歩なのだが、いつ撃たれる恐怖にかられ、思わず叫び出す。
強盗が俺に重火器を向けた頃には、俺の拳の射程内だ。
右ストレートが入る。強盗は「がっ」と小さな断末魔の後、沈黙した。
エントランスには俺の荒い息遣いだけが音を作っている。
「はぁ、はぁ………はあぁぁぁ………。死ぬかと思った………」
やはり勇者モードになっていれば良かったと後悔。完全に腰が抜けている。
でも。
「………やり。勝ったぜ」

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