《MUMEI》
「欲しいものを欲しいだけ」
撃退した二人目の強盗犯を拘束し、人質の皆さんを静かに、そして速やかに避難させた。
撃退した瞬間に歓声が起こった時はめっちゃ焦った。
このまま逃げ出したいのは山々なのだが、まだ後一人残っている。
殺されてしまったあの子のためにも、捕まえて罪を償ってもらわなきゃ、夢見が悪い。
見返りを期待できない戦いはする気はなかったんだけどなぁ。
とりあえず、現在金庫のある部屋の前で聞き耳立てているわけだが。
中の音は聞こえない。防音なのか?
扉自体は簡単に突破できるものであるが、如何せん中の状況がわからないと突入しにくい。気持ち的にね。
…………ほんとに何も聞こえないな。もしかして間違ってたりする?
扉から体を離した瞬間、バンッ!!と扉が開く。
扉の中央はひしゃげ、留め具は壊れ、扉としての機能は完全に失われてしまった。
ゴトリ、と先程の小太りのおじさんが横たわる。恐らく、飛ばされ、扉にぶち当たったのだろう。
「………ッ」
血まみれで、意識はなかった。生きているかどうかは、わからない。
「あらあれりれー?」
人間とは思えない、大きな影が覆い被さった。
無数の『腕』が俺の全身に絡まり、締め付ける。
「ぐ、があ……っ」
首にも腕が絡まり、呼吸がまともにできない。
「何で人がこんなにゃとこりょにぃー?こりょさなきゃー!!」
もう人間としての形、意志を持っていなかった。
「う、ごああああ!!」
事前に装着していた金色の指輪が輝き、姿を変える。
その際に発した光は悪魔にとって毒みたいなもののようで、即座に俺を離し、距離を取った。
「はぁ、はぁ、はぁ」
予想外の奇襲には遭ったが、ひとまず神聖鎧装を装着することができた。
「まさか、もう悪魔化してるなんてな」
背中からは無数の『腕』が伸び、翼のようにも見える。元々強盗犯の顔など知りようもないが、明らかに原形を留めていない。レヴィアタンはまだ悪魔と言える容姿だったのだが、こちらはもう化け物だ。
「元人間なんて………疑わしくなるな」
軽く身震いをした、仮に悪魔になるとしても、こいつだけは絶対に嫌だ。
「マモン」
グルルヌが呟く。
「この悪魔の名さ。あの無数の腕、どこから攻撃が来るかわからないね」
「マモンってことは………『強欲』か。なるほど、欲しい物を欲しいだけ掴みとる腕ってわけか」
そして、その結果がこの異形な姿。人間というのは、決められた形に従っているために人としての形を保っていられるが、逆を言えばその決められた形に従わなければ、このような化け物にだって、成れてしまう。
こんなものは、進化ではない。
「これはさすがに見逃せねえな」
右手を前に突きだし、叫ぶ。
「大いなる天界の宗主よ、我、契約に則………りぃぃいい!?」
この時、マモンの無数の腕が俺に向かって伸び出す。
「あぁもう!」
呪文を唱えることを諦め、淘汰の剣(エクスカリバー)を出現させ、一振りで無数の腕全てを凪ぎ払った。
だが、別の角度から一本の腕を斬り損ねていたようで、右足を捕まれ、勢いよく空中に放り出された。
しかも、ここは狭い廊下。ガガガッ!と壁に叩きつけられる。
「ぐ、うぅ」
掴んでいる腕を斬る。ようやく解放されたが、思ったよりもダメージは大きい。
「うおおおお!」
剣先をマモンへ向け、突撃。だが、腕の翼が真横から現れ、弾き飛ばされる。
偶然にも金庫のある部屋へ飛ばされた。
「いってー。んまぁここなら多少マシか」
壁を破壊し、突撃してくるマモンを剣で防ごうとするが、とても全ての腕を防ぎ切ることはできなかった。
「ぐああああ」
マズイな。完全に不利だ。

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