《MUMEI》
控室にて。
緊張はない。
十分に落ち着いている。
「ひっひっふぅ、ひっひっふぅ、ひっひっふぅ」
「逆間、それは結構まずい間違った呼吸法だから今すぐやめるんだ」
むしろ逆間にツッコミを入れれるくらい心に余裕がある。
よし、コンディションは最高だ。逆間は多少不安だが。
控室で待機していると、次々と立候補者と応援演説者が入室してくる。その中には、泉佐野生徒会長と埜嶋がいた。
泉佐野生徒会長はボクを一瞥し、迷わずこちらを目指して歩いてくる。
「まさか君が立候補するなんてね」
「不服ですか?」
「いいや、むしろ嬉しいよ。君との真剣勝負は楽しみにしていた。まぁ、内容は些か予想外ではあったがね」
「負けません。あなたを退けて、ボクが生徒会長になります」
泉佐野生徒会長が不敵に微笑む。
「ああ。私を負かす男なら、生徒会長を任せられるよ。手加減などしないよ」
「当然です」
言い終えると、泉佐野生徒会長は指定席へ腰を降ろす。
後ろにいた埜嶋は小さくボクへ手を振った。
「新斗くんの敬語って初めて聞いたけど、すっごく違和感あるね」
こそ、と逆間がボクに耳打ちする。
緊張感のない………。
だが、今の言い合いを聞いていながらリラックスしているとは、鈍いのか大物なのか、判断に困る。
しばらくすると、ガチャリと音を発てながら扉が開き、生徒会顧問の教員が顔を出す。
「お待たせ。もう始まるから各々は準備して役員ごとに整列してくれ」
それを聞いた立候補者は一斉に立ち上がる。
ボクも同時に立ち上がり、列に並ぶ。
いよいよ始まる。この2週間、最善は尽くしたつもりだ。
左手に持った原稿をじっと見詰める。
「よし」
小声で呟き、進みだした列の前を追いかけながら、ボクは歩いた。
この時、原稿が異常に重くなっているのには気付くが、気にも留めなかった。

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