《MUMEI》
安堵と絶望。
ようやく、ようやく学校に到着した。
締まっている校門を飛び越え、まだ走る。
「ぬおおおおおおお!!」
途中から『俺人格』に交代してもらっていた。少なくとも『僕』よりは体育会系の精神に近いからだ。
靴は脱ぎっぱなしにし、上履きの踵を踏み潰し、体育館へ最短ルートで目指す。


――――――――――――――――


埜嶋の演説が終了し、今は逆間がボクの応援演説を行っている。
一言で言えば、埜嶋の演説は無難だった。
泉佐野生徒会長の応援演説と比べてしまうと多少見劣りするが、演説をしている埜嶋の姿は達観していた。
埜嶋雪美が生徒会長になったとしても、上手くいくのではないか?
そんな考えが脳裏を過ったが、頭を左右に軽く振った。
今のは弱音だ。勝つ自信がないから思ったんだ。違うだろう。ボクは勝つんだ。
「ありがとうございました。――――生徒会長立候補、佐久間新斗くん。演説をお願いします」
「はい」
呼ばれ、席から立ち上がる。
はっきり言って、原稿に書いてあることをそのまま読み上げても、勝てるわけかない。
今この場で、泉佐野生徒会長と埜嶋に勝てるものを考え出す。
ボクにはそれができるはずだ。
壇上へ上がり、原稿を広げ、マイクに向かい、喉を震わせる。



―――――――――――――――


「―――――佐久間新斗くん。お願いします」
「ッセーーーッフ!!」
体育館に近付く頃に、そう聞こえた。
どうやら間に合ったようだ。
「よし」
この瞬間に『俺』から『僕』に入れ替わる。
いつからだろうか、もはやルールは存在せず、任意にリミッターを発動させることができたのは。
もや、としたものが胸を逆撫でするが、今は新斗の方が先だ。なるべくこっそりと体育館の扉を開けた。
怒鳴られるかな、と心配したが、そんなことは一切なかった。
生徒と教師、全員と言ってもいいかもしれない。
体育館に集まる全員が壇上を見詰めていた。
何かがおかしい。
ゆっくりと、皆が視線を集中する壇上を見た。
その光景に僕は呼吸すら忘れた。
新斗は――――――もがくように喉を押さえ、必死に声を振り絞ろうと、苦しんでいた。






佐久間新斗は、落選した。

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