《MUMEI》

「何故だ?」

アルギエルはルシアがベンチに腰掛けると同時に目の前に立ち、疑問を投げかけてくる。

「何故って…何が?」

「川を渡った時だ。あの時に先に進めばたくさんの奴らと差をつけれた。けど…そうはしなかった。」

アルギエルの表情には苛立ちが見える。

「確かに差をつけてゴールすれば評価も上がったかもしれないね。けど…人として、そうするべきではないと思ったんだ。」

はぁ…とため息をついたアルギエルはルシアの横に座る。

「俺は…わかんねぇよ。お前とは違って逃げ出した俺は……」

悲しみの表情を浮かべる。アルギエルには昔に何かあったのだとルシアは悟った。

「昔…さ、俺には兄がいたんだよ。あいつは誰にでも優しくて…憧れだった。けど病気になって…」





アルギエルには双子の兄がいた。兄は優等生で誰にでも優しい人物で人望もあり、アルギエルもその兄が大好きだった。

しかし病気に掛かり薬は効かず手が打てなくなった。アルギエルはどうしても助けたくて魔力を使い治そうと試みた。幼少期から魔力の量にだけは自信のあったアルギエルは、見事治すことに成功した。しかし片翼は消え失せ、髪も翼も真っ黒に変色していまう。


「…んで、一番受け入れられなかったのが…兄貴の記憶は残ってなかったんだよ。」

「ねぇ、その兄って…」

ルシアには心当たりがあった。以前セルエルが言っていた言葉。
『双子の弟が居たそうですが記憶は…あまりないのです。』
セルエルに弟がいた。そしてその記憶はない…。

「あぁ、セルエルだよ。俺は弟とは名乗らず逃げ出した。」


大好きだった兄が自分のことを全くと言ってもいいほど覚えていないことが何よりショックだったのだ。幸いにも昔とははるかに違う容姿をしていたため、姿を消してもセルエルに気づかれることはなかったという。


「アルギエルは…いいの?」

「何がだよ。」



「忘れられたままで…いいの?」


ルシアの言葉の直後、真っ白な光が溢れ中からセルエルが現れた。





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