《MUMEI》
ほぼ、即興的に書いた、短いお話です。
瞬間
「あんたの家のひとが、坂道で倒れているよ。」
と、隣の家のおじさんが笑うようにいった。
小夜子は、全部を聞かずに家を飛び出した。自分の家族が村八分であるとは、小夜子も知っていた。このようなことが起きなければ、誰もこの家にこない。
「お兄ちゃん!」
と、呼びながら小夜子は走った。坂道はすぐわかる。このあたりは平野で、坂道でなどない。その坂道へいくと、兄の淳がへばりつくように倒れていた。周りは、淳が吐いたおびただしい血で汚れている。小夜子が脈をとると、いまにも消えそうだった。小夜子は、兄を背中にしょって、病院に向かって走り出した。
「私のせいだ!」
直感が働いた。小夜子は、高校受験に失敗して、いまは中学浪人であった。家族は、通信制高校があるから大丈夫だ、という。しかし、たった一人、進路が決まらないで卒業してしまった、という悲しみや悔しさは、ぬぐいきれなかった。日増しに起こりっぽくなり、自殺したい、殺してくれ、などを口にした。ところが相反して、前向きになりたいと思って、勝手に予備校に赴いたりもしていた。その落差が激しいので、彼女は母に付き添われ、精神科を受信。双極性障害と、診断された。
母は泣いてばかりいた。小夜子は1日の間に、そうと鬱を繰り返す。それに、家族がついていくことは難しい。淳は、進学校に通っていたが、小夜子が病気になったために中退し、宅配便の配達員になった。
しかし、兄はもともと体が丈夫ではない。これが災いして、社内でいじめにあった。それでも淳はは働いてくれた。
走りながら、小夜子は背中に背負っている兄のことを考えていた。いつも優しくて、母にしかられてもかばってくれた。進路の相談にものってくれた。二人とも、成績はよくない方であったが、それを冗談の種として、大笑いしたときは、本当にたのしかった。
しかし、自分のせいで兄がここまで弱ったのに、全く気がつかなかった。
半年ほどまえか、淳はよく咳をしていて、母に、病院にいけ、といわれていたのは記憶していたが、こんな大喀血を起こすまで、進行してしまったのだろうか。
よく覚えている思い出がある。
雨の日の夜だった。兄がいつも通りに仕事を終えて帰ってくると、母が、
「小夜子をしらない?帰ってこないのよ。」
と、心配そうに聞いてきた。それと同時に、隣のおじさんが、
「警察を呼ぶぞ!」
と、怒鳴っている。
「呼ぶんだったらよべば!」
「今の声、小夜子だよね?」
淳は外へ飛び出していった。隣の家に飛び込むと、小夜子が隣のおじさんの襟首をつかみ、
「テレビの音がうるさいのよ!」
と、いまにも殴りそうに怒鳴っていた。確かにテレビはついていたが、うるさいという音量ではない。
「小夜子!」
淳は彼女を平手うちした。
「帰ろう。」
その口調は優しかった。
「二度と来ないでくださいね!あんたたちは村八分だ!もう、火事と葬式しか、付き合わないからな!」
おじさんにそういわれてから、小夜子の家は誰もよりつかなくなった。おじさんは、すんでいるマンションの自治会長さんだったから、噂はすぐに広まった。
実は、小夜子は迷っていた。隣のおじさんの態度からみて、もはや、このマンションに住んでいても仕方ないから、引っ越そうと考えていた。しかし、引っ越し屋を呼ぶお金がない。こうなったら、売春等でかせぐのか、それとも隣のおじさんにもらうか。しかし、前者も後者も実行したら、警察沙汰になり、何もかもおじゃんになる。家の収入は母がスーパーマーケットでのアルバイトと、高校中退ゆえに、正社員の半分以下の淳の工賃しかない。それではとてもとても、引っ越しはできない。

それにしても、兄がこんなに、思い病状だったのか。彼女はあらためて、生きていて申し訳ない、と思ってしまった。

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