《MUMEI》
第1章
敦子にはいくところがなかった。自宅を出てどこかへいくのも、経済的に許されていない。彼女は勤めていないので、収入はまるでゼロであった。
そんなわけで、親からもらった金で暮らしていた。
「あたしって世界から、いらない子なんだって、いわれているのよ。そうでなければ、こんな不幸で寂しいはずはないもの。」
が、彼女の癖だ。
彼女は、勉強も運動も全くできなかった。音楽大学を志望したが、入試前の講習会にいって自信をなくした。そこで、母と同じ職業の、保育士になる事を決めて、一年浪人したのち、保育短大に入った。大学生になっても、彼女は勤勉で、友達はなかった。勤勉すぎで、誰も寄り付かなくなったのが、その理由であった。
大学は、優等生として卒業し、大手の私立保育園に就職した。ところが、一年勤めてやめた。そのまま引きこもりとなり、再就職もせず30になってしまった。
「こんな保育園があるよ。応募してみたらどうだ?」
優しかった。
「けさ、葉書がきたんだよ。こういうところなら、お前も順応できるんじゃないか?」
父は、敦子が引きこもりになったことを、心配してくれている。
「お父さん、この保育園は、東京でしょ。」
としか、言うことができなかった。
「高速バスというてがあるぞ。障害児のための保育園だからすこしは、楽だろいし。」
「私は、新幹線で早くいく方がいいわ。それに、保育士なんかいやよ。」
「でも、降りるところは同じだぞ。折角資格もあるんだから。1度つまづいたんだから、うまくいかせられるんじゃないのか?」
「1度、ひどい渋滞に巻き込まれたから嫌だわ!」
「敦子!」
父が涙を流している。
「お前、はやくしないとこの家も立ち退かなきゃならないんだ。そうしたら、お前はどうする!お金がなきゃ暮らしていけないん
ぞ!」
「私を脅かすようなことは、言わないでよ!」
「甘えるな!」
と、父は怒鳴った。
「アルバイトでもいいから、試験をうけなさい!これからどうやって生きるのか、真剣に考えなさい!」
「わかったわ!明日いく!」
敦子もどなり返した。そして、手帳に採用試験と書いた。

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