《MUMEI》
第2章
敦子は父が仕事に出掛けたのを確認して、自分も採用試験のため、外へ出た。道路を歩き始めたそのときに、
「これ、落とし物じゃありませんか?」
と、男性の声がした。振り向くと、確かに男性が立っている。しかし、体は棒のようにやせていて、顔は蒼白であったため、敦子は、驚いていた。
しかし、彼が握っていた手帳は、間違いなく彼女の物だ。彼女はしぶしぶ手帳を受け取った。そのときに、
「つめたあい!」
と、口に出たほど、彼の手は冷たかった。敦子はゾッとしたが、男性は物腰がやわらかく、悪い人とは思わなかった。
「あの、お名前をうかがってもよろしいですか?」
「はい、佐藤といいます。」
「 まあ偶然。私も佐藤だわ。あ、日本一多いから、よくあることだわね。私は、佐藤敦子。」
「まあ、そうですね。僕は、佐藤慶久といいます。」
「お仕事は、何をされているんですか?」
「働いてないです。」
「男性なのに珍しいわね。はやく採用試験受けろとかいわれないの?」
「まあ、それしかできないですからな。」
と、いった慶久の顔が歪んだ。何か病気だろうか?敦子は、さらに恐ろしさをかんじた。
「お体、悪いんですか?」
しかし、彼は胸を押さえて苦しんでいる。言葉もいえないらしい。
「病院いきますか?」
と言ったがその応答さえできないようだ。
敦子は、どうしたら良いのかわからなかった。どこかで正午の鐘が鳴った。はやくしないと、試験に遅れてしまう!
「返事くらいしてくださいよ!」
効果なしだった。
「働かないのに、悲劇のヒロインみたいなことは、やめてください。私はこれから、就職試験に行くの!あたしだって、あんたと同じように苦しんできたけど、働かなきゃいけないのよ!いや、働けなきゃいけないの!そんなことも、できないくせに、すぐ人に助けを求めるのはやめてください!」
敦子は、慶久などそっちのけで、反対方向に走っていった。

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