《MUMEI》
第4章
敦子は、次第に腹が膨らんできて、赤ちゃんがときどき動いているのもわかるようになった。そう感じると、より母親に近づける、とわくわくしてきた。
一方、義久は日増しに悪化していた。食事さえも自分でとることが難しくなり、ついには寝たきりになった。姑は、息子を最期だけでも自宅にいさせてやれないかと医師にせがんだが、義久がもどることは、叶わなかった。戻ろうとした前日に、義久は逝ってしまった。
葬儀は家族葬で行われた。義久の友人も知人も来なかった。
「つらいわね。」
と、姑がいった。
「義久の味方になってくれた、生徒も教師もいないのね。いじめにあっただけで、どうしてこんなに、人生が変わってしまうのかしら。」
「いじめられていたんですか?」
「そうよ。殴る蹴るだけじゃなくて、プールに制服のまま突き落とされたり、好きだった三味線の棹を折られたりしていたの。そのせいで弁護士の仕事をしていたけど。この仕事をしていれば、すこしは、見返してやれたかもしれないけど、時代が違うのね。」
意外だった。偉い人が、こんなに悲惨だったのか。腹の子が痛いほど強く腹を蹴った。
「その子が、義久にまさる人間になってほしいわね。」
「いいえ!」
敦子は、きっぱりと言った。
「私の子です。お母様には、お渡ししません。」
「家族なのよ。」
姑が当然のようにいう。
「だったら言いますけどね、お母様は私の最愛の夫であった義久も奪ったんです。義久の身の回りのことも、みんなお母様がやっていて、私にはなにもしてくれませんでした。義久が生きていたら、私、お母様とわかれて、三人で暮らしたかったですよ。お母様に敬意を払って生活していたら、私、窒息死してしまうかもしれませんわ。」
「そんな、私は、義久の母親でもあり、あなたは家族でもあるのよ。」
「家族。」
敦子は、ギョロりと目を向けた。
「家族なんて一番必要ないんじゃないかしら。やりたいことがたくさんあるのに、家族のせいで、何年できなくさせられたと思うんですか?」
姑はがっくりと肩を落とした。
「日本人って、寿命が長すぎるのよ。年寄りが元気でいすぎたから、若い人や、子供がいかに育たないか、考えてもみてください!どうせ、私なんて、虫けらにすぎないんでしょうが、虫は虫でも考えることは、あるんですから!」
敦子は、膨らんだ腹を撫でながら、葬儀社を出ていった。

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