《MUMEI》
悪い噂
放課後の部室で携帯端末を開く。前触れもなく部屋と扉が開いて、驚いて振り向くと、同じ部活で同じクラスの同級生の元カノが立っていた。…ここにはいないよ。見ればわかることをわざわざ教えてやると、舌打ちして出て行ってしまった。元カノは、校内では才女で有名な美人である。何の用かは知らないが、ロクな用ではないだろう。同級生は女子にもてる。眼鏡がいいのだそうだ。一年生の頃から、十人斬りの何とやらなどと噂されていた。先程の元カノが何人目なのか聞いたことはないので、本当のところは知らない。端末を操作する指が冷たくてよく動かない。この冷え込みでは、午後の授業中から 降り続いている雨が、いつ雪に変わってもおかしくなさそうだ。もう誰もやって来ないだろうと、戸締りして部室を後にする。下駄箱まで下りていくと、赤い傘を所在無げに携えた同級生がいた。…その傘どうしたの。…一年が貸してくれた。思わず、傘無しで帰って行った女子に心中で同情する。多分、一緒に帰りたかったのだろうに。…お前、傘は? …持ってない。同級生と駅までは帰る方向が同じである。予備校があるので反対方向の電車に乗る同級生とは、実は家が隣同士の幼馴染みでもある。頭一つ分背の高い同級生に持ってもらって、同じ傘で歩き始める。…今夜は月が見えないな。折角、……だったのに。同級生の呟いた肝心の言葉が聞こえなくて、下を向いていた顔を上げる。同時に赤い傘が視界を遮って、何か一瞬、冷えた唇に触れる。一度離れて、同級生の眼鏡が鼻に当たった。一時停止していたら、同級生が囁く。…悪かった。謝罪の言葉に我に返って思わず、雨の中に一人、駅へと駆け出していた。

次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫