《MUMEI》
梅雨明
雨上がりの放課後、推理研究同好会略して推研の部長が、コンクリート製の丸い人口池に釣糸を垂らしていた。学校四階の渡り廊下の先、中屋上に設置されているものだ。深く、苔むした底が見通せないのだが、文化祭模擬店の金魚や生物部が飼育する個体などが放たれている。噂では水底には主が棲息しているらしい。三年が引退した後なので、部長は同学年である。新入生はいない。放り投げられていた部長の制服の上着が振動していた。直ぐ脇で気づいて、コンクリに背を預けて携帯端末を操作したまま、教えてやる。…俺、バイト行って来るからさ。…呼び出し? 部長は上着から取り出した端末を一読すると頷きながら、割り箸に結びつけた糸を引き上げる。釣針のふやけた駄菓子をつけ直して、自分でも一口食べると残りを託された。気になっていたことを尋ねる。…なぁ、駅で制服のリボンをタイにした女子校の女の子たちに告白されなかった? …されたよ。断ったけど。俺、同年代と年下に興味ないから。潔すぎて容赦がない。男運の悪いお嬢様たちに同情する。幼馴染みの同級生がお目当てではなかったことを後から聞いていた。部長はアルバイト先の社会人女性に惚れている。惚れた弱みで完全なる下っ端、女王様の下僕状態であった。…お前はどうなんだよ? …何が。…先刻、幽霊部員と生徒会役員が一緒に下校してたぞ。幼馴染みの同級生と元カノのことである。…いいのかよ。…何が。不意に釣糸に抵抗を感じて上げてみると、糸の先のエサは見事に喰われてしまっていた。一式を投げ出して、中屋上の地べたに不貞腐れて寝転がる。…お前さ、何でも直ぐにあきらめ過ぎなんじゃないの。あのな、あきらめるのは、やってからでも遅くないんだぞ。…何をだよ。…自分でそれくらい考えろ。と、部長はバイトに行ってしまった。

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