《MUMEI》
ノ霹靂
…入るなら早く入れよ。背後から声をかけられて、動作が凝固する。振り向くと同年代の男が、頭の上から足の先まで分かりやすい視線で観察していた。三階古本屋の店頭には準備中の札が出ていた。定休日ではないはずだが、ドアは施錠されている。仕方なしに一階喫茶店まで下りてきて、中を窺っていたところであった。喫茶店に掲げられた看板名で呼ぶ客はまずいない。通称、男爵の館。無言の気まずさに覚悟を決める。…いらっしゃい。カウンターの内側で、背徳と言ってもいい美貌の店主がにこやかに声を上げた。意識して店主の側を避け、隅の席に腰を落ち着ける。ジュペリ男爵と呼ばれる店主は男のみに恐れられている。男爵は若い男を好むと噂され、両手指では足りない男子高校生が、毒牙の犠牲になっているという。有名作家も大迷惑だろう。まぁ、大差のない素行の男子高校生もどこかにいる。…ご注文は。目前の同年代の店員を眺めながら、この人も男爵の餌食になったのかなと思っていたら、胡乱な目付きで相手からも値踏みされていた。…ブレンド。注文してそれから、カウンターに戻る背中を呼び止める。…古本屋のアルバイトの知り合いなんですけど。…上は、ここしばらく休んでますよ。何かあったのだろうか。兄貴からは特に何も聞いてはいない。戻ってきた店員は、ブレンドとシフォンケーキを置いた。…頼んでませんよ。…マスターからのサービスです。定位置なのであろう場所を恐る々々見ると、視線を素早く捉えた店主が微笑んだ。恐るべしジュペリ男爵。それぞれ一気に胃袋に納めると、慌てて会計を済ませて店外へと逃れる。…あれ、何してんの? …そっちこそ。幼馴染みの同級生と元カノが狭い階段を下ってくるのに偶然、行きあってしまった。彼女の口元が少し前に見た三日月のように微笑う。

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