《MUMEI》
不思議
冷え性の宇宙飛行士と三毛猫が宇宙旅行をするお話。文芸部や図書室の書棚で抜けていた文芸部の文集に掲載されていた文章の一つである。なぜ知っているのかというと、読んだからだ。数年前は兄貴の部屋の本棚にあった。思いついて探してみたのだが、なぜか現在はない。自分が小説を書こうとしたきっかけだったのではないだろうか。権威ある文学賞に選ばれる類いの文章ではなかったと思う。所謂、学生が書いた娯楽SF。宇宙飛行士と猫が営む宇宙船での何でもない日常が日記のように徒然、語られていた。世間一般大作の興奮も情熱も感動もそこにはないけれど、惹き込まれた。何事も迷ったら原点に立ち戻ってみる。王道過ぎて笑ってしまうが、読めないと思うと猛烈に読みたくなるものだ。幼馴染みの同級生と元カノの背中を見送って、喫茶店へと舞い戻る。二人の後ろを歩きたくはない。男爵と呼ばれる店主が定位置から微笑んで、誰も座っていない常連席へと誘った。相変わらず目は笑っていない。時間潰しに身のない世間話をしている内に、話題が喫茶店アルバイトの時給から店の家賃になり、大家は男爵の兄だという話になった。三階建物の大元の所有者は、海外赴任中だという男爵の兄であった。二階の書庫は古本屋所有の書籍は少量で、留守中の大家の私物がほとんどらしい。管理は男爵がしているという。禁断の、という言葉がある。禁じられれば、蹂躙したくなる。背徳行為というのは消滅することはないものだ。だから、二階の書庫の鍵を持つ男爵について行ったのは、好奇心というべきか嗜虐心というべきかわからない。念願の文芸部文集は書庫にあった。辿り着いてしまえば、達成感というのは一瞬だった。何て、残酷で儚く虚しいものなのだろう。

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