《MUMEI》
塞の神
渡ってしまったら戻って来られない向こう側ってあるんだよ。まるで人生の究極選択みたいなことを年上の人は言った。一向に進まない現在進行形の現実に飽き飽きしていて、状況を打開できるのであれば、正直どうでも良かったのだ。別に大したことじゃない。…ふうん、ゲームやってんじゃねぇんだ。三階建物にある喫茶店のカウンターに座った背後から、端末を覗かれたようだ。…見るなよ。…見えたんだよ。まだ開店前の店内には、モップ掛けするアルバイト学生が先程から行きつ戻りつしており、何度か目の戻る途中で呟いて、通り過ぎていく。喫茶店の真ん前に建っている市立高校に通っている男である。見覚えがあるので、中学は同じだと思うのだがあまり覚えてはいない。…あんた店長の愛人かなんかな訳? 思ったことを黙っていられない性質らしい。随分生きにくいのじゃないだろうか。恋人かと聞かないところが微妙に達観している。…君こそ、そうなんじゃあないの。否定するのを忘れたと思いつつも思わず、質問返しをしてしまった。…俺は罰ゲームだから。でもあんたはやっちゃったんじゃないの。どうも二人きりでいる所を見られていたらしいが、身に覚えはないつもりでいる。背徳の美貌を持つ喫茶店店主は、近辺では有名な色にだらしない男である。しかも悪戯なので、周辺に生息しているはずの男子高校生の姿は店内で目にすることはない。従業員であればという勝手な妄想をすることもできる。けれどアルバイト学生の様子では、本当に何か事情があるのだろう。或いは、同じ穴の狢の可能性も捨てられない。実際、年上の人を待つ立場に間違いはない。覚悟と責任の本当の意味もわかってはいないというのに。

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