《MUMEI》
蛇之足
裏落栗色ショートヘアの彼女と兄貴が並んで立っていた。三階建物にある古本屋の狭いレジカウンター内である。何をやっていたのかは知らないが、二人同時に入る程忙しくないだろうと。入店した途端、退散とばかりに、一階喫茶店を目指す。店主は定位置で星印の煙草を吸っており、目前の常連席には緑と白の小箱を弄ぶ同級生の元カノがいた。…モンテスキューと推研の部長さんは元気? …元気だと思うよ。バイト行ったし。当然のように話しかけられて、モンテスキューって何だと思いつつも答える。思想家がどうかしたのか。元カノにとっては自明でも、こちらは意味不明である。…あいつの十人斬りの秘密、教えてあげようか。思わせ振りに微笑う。二階部屋で、幼馴染みの同級生は掠れた声で言った。拒絶されるのが怖かった、と。告げることもできずに終わった初恋は、自分の嗜好に対する別の可能性を模索させた。幼馴染みの同級生の初めての恋の相手は同性だったのだ。一晩中話し続けたが、やがて眠りは訪れる。…別にいい。答えると元カノが白けた顔になる。…ホストだよ。あいつホストのバイトしてるから。しっかり手綱は引いといた方がいいよ。大元の雇い主はこの人だからね。ジュペリ男爵を指差す。少々衝撃の事実に次の言葉が見つからない。暴露してしまうと満足したのか、元カノは緑と白の小箱から器用に一本取り出した。未成年の癖にと思っていると、何故か白い巻紙を剥き始める。…お客サマ。飲食物は持ち込み禁止。…煙草はいいんでしょ? 何か理不尽だなぁ。兄妹の応酬によく見ると、彼女が口に入れたのはチョコレートであった。多くの物事において、表層に惑わされた結果、本当に大切なことに気づけないことがある。所謂世の理の一つには違いない。

前へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫