《MUMEI》 金色の名前「……つーわけで、オラ、乗れ」 「……えっ」 バイクを指さし、いきなり乗れと言われて、彼女の思考は止まりかける。そんなとき、また新しい声が聞こえてきた。 「おーい! 待ってくれよ〜! 俺も今からバイク出すからよー!」 「さっさとしろ、千夏! 俺らはもう行くぞ!」 千夏。女の子なのだろうか。いやしかし、声は低く一人称は俺だ。彼の弟だろうか。少し期待したが、 バイクという単語で安易に不良の姿を想像してしまった。 しかしガレージらしき場所からバイクと共に出てきた顔は、想像とは程遠いすっきりとした顔だった。 少し金色がかった髪を左目の上で掻き上げ、ヘラヘラと笑っている。背丈は千夏という男子の方が高いらしい。 千夏は、黒を貴重とした、格好良いと彼女でも思う大型バイクを引いて彼の隣に並ぶ。 「お、何々。凛の彼女ー? へぇ、可愛いじゃん」 「ちげぇよ、馬鹿。さっき門の真ん前で会ったばっかだ。何でも、登校時間を間違えたらしい」 「......!」 「ふーん、意外とドジだねぇ、君。名前は?」 顔をズイ、と近付けられ、思わず一歩下がる。千夏の顔は、よくよく見るとなかなか可愛い顔をしていた。 戸惑いつつも答える。その後には千夏も自己紹介をした。彼の名前は 桃山千夏(モモヤマ チナツ) と言うそうだ。 自分の紹介を終えたあと、千夏はニヤニヤと笑い始めた。 「黄山美咲ちゃんね......黄山ちゃんって呼んでも良いかな」 「はい......」 「じゃあ黄山ちゃん、俺のバイクに乗っていきなよ。徒歩はつっかれるよ〜?」 千夏は自分のバイクをぽんぽんと叩き、彼女に乗るよう誘う。正直なところ、乗りたくはない。 だが、ここで誘いを受けなければ明日は無いとでも思ったのだろうか。彼女はOKしてしまった。 「ん、分かった。良いよな、凛?」 「別に、構わねぇよ。他のやつらに乗せてもらうしな」 ヘルメットを被り、他のバイク達は先に行ってしまった。 「じゃ、俺達も行こうか」 「はい、お願いします!」 10分もすれば学校の正門まで着いてしまった。思ったより敷地は広く、しばらくの間は迷ってしまいそうだ。 千夏はバイクを停めに行ったらしく、今は美咲、彼女1人である。 前を向くと、『凛』と千夏に呼ばれていたあの彼が、前を行くのが見えた。礼を言うため、詳しい名前を訊くため、 彼の後ろ姿を追いかける。 彼は振り返ると、新しい棒つきキャンディをくわえていた。 「あの! すみません!」 「あ? ......何だ、お前か」 「あの、ありがとうございました! そ、それと......名前、訊いてませんでした。お名前、教えて下さい」 以前の自分では出来なかっただろう。こうして声を掛けることなど。 そして、正面から話すことなど。 「......赤川。......赤川凛 (アカカワ リン) だ」 前へ |次へ |
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