《MUMEI》 2銃を構える手が震えている。暴発は怖い。皆、おとなしくすわっていた。そこへ女性警察官が登場した。八月の暑い季節。半袖の水色の制服が映える。 「あたしが人質になります」女性警察官は、両手を上げて犯人の前に立った。 犯人の男は、じっと彼女を見た。肩にかかるやや染めた髪。スリムでセクシーなボディ。睨むような目は鋭いが、顔全体は愛らしい。 「女」 「はい」 「美人婦警って言ったよな?」 彼女は唇を噛み、緊張の面持ちで犯人を見る。 「合格だ」 「それはどうも」 「いい度胸してるじゃねえか」 「まさか。心臓が止まりそうよ。銃を向けないで」 暴発は怖い。撃つ気がなくても発砲されたら危ない。しかし犯人は彼女に銃を向けたまま言った。 「テメー、銃を持ってるだろ?」 「持ってないわ」 「スタンガンとかしのばせてるだろ?」 「まさか」 犯人はしつこい。 「でもマイクは隠し持ってるだろ?」 「持ってません。丸腰よ」 「嘘だ。警察は信用できねえ。身体検査をする。全部脱げ」 「え?」女性警察官は耳を疑った。 「制服を全部脱いでもらうぞ」 「そんな・・・」 「早くしろ。スッポンポンになってもらうぞ」 絶対に身体検査が目的ではない。彼女は毅然とした態度で言った。 「お断りします」 「そうか。じゃあ、こいつに真っ裸になってもらおうかな」 言うが早いか、いちばん近くにいた金髪の女性局員の腕をつかむと、強引に引っ張ってきた。 「キャー! ヤです、ヤです!」 顔面蒼白になりながら泣き叫ぶのも無理はない。女性警察官は仕方なく言った。 「待ちなさい! その人を放しなさい」 「上から目線の命令口調か?」 人質に恐怖を与えてはいけない。女性にとって、いつも一緒に働いている同僚の男性局員が見ている前で、全裸にされることは、死刑宣告に等しい。 「あたしが裸になったら、人質には絶対に手を出さないと約束してくれますか?」 「お、おお、いいぜ」 犯人が淫らに笑う。彼女は両方の靴を脱ぎ、制服のボタンに手をかける。犯人がじっと見ている。彼女は素早く屈むと、靴を拾って投げた。 「テメー・・・」 その瞬間、陰に潜んでいた警官二人が、犯人めがけて突進した。 「チキショー!」 高速タックルから押さえ込んで確保。その時、「はい、OK!」という劇団の団長の声がかかった。 女性警察官役を演じていた星奈紗季は軽く深呼吸。監督・脚本・演出・演技指導の団長・今泉哲は、紗季に笑顔で言った。 「紗季。迫真の演技じゃん。本物の警察官に見えたよ」 「本当ですか?」紗季は笑顔で喜ぶ。 「三宅さんの犯人役もナチュラルだったよ。まあ、君の場合は地だろうけど」 「ちょっと待ってください監督。地のわけないでしょう」三宅冬政は笑顔で焦った。 稽古場は本番を目前に控え、熱気があった。無名の劇団は内容で勝負するしかない。初めて観賞した人が、もしも面白くないと感じたら、二度と来ない。毎回毎回が真剣勝負なのだ。 「アミの悲鳴も名演技だったよ。まあ、金髪の郵便局員はどうかと思うけど」 「大丈夫ですかね?」今倉麻未は、髪を触りながら笑った。 「いいよ、そのままで」 星奈紗季は、最年少の23歳。麻未は26歳。ルックスがいいこの二人が、いつもヒロインに選ばれる。しかし、変なライバル心はなく、皆仲が良かった。 団長の今泉哲は30歳。最年長は、犯人役を演じた三宅冬政で36歳だ。そのほか、警官役の二人は、岡田高正が24歳で、露畠竜也が26歳だ。 劇団の名前は「難破船」。苦難や難関を突破するという意味合いが込められている。皆若かった。本気で役者の道を目指していた。夢とダイエットは、諦めた瞬間に終わるのだ。 前へ |次へ |
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