《MUMEI》
5
「ヌードデッサンというのはねえ、絵を勉強している人にとっては、大事なレッスンなの。風景も人間の体も、写真ではなく実物を見ながらスケッチすることが重要で、そのための美術モデルだから。芸術のためにみんな体を張ってるのよ。悪く言うのは許さないわよ」

「悪くなんか言ってませんよ。もう尊敬しますよ。あたしには逆立ちしてもできないことだから」

「そんなことないよ。紗季ならできるって」

「無理ですよう、だって・・・」

紗季は、自分が一糸まとわぬ姿で、大勢の男女に囲まれている場面を思い浮かべ、赤面した。

「やっぱり無理です」

「最初は恥ずかしいよ。でも、二回三回と経験を重ねていくうちにね、慣れてくるから」

「慣れませんよ絶対・・・」と言って、紗季は気づき、目を丸くして麻未に聞いた。「え、何でそんなことわかるんですか?」

「人を宇宙人を見るような目で見ないでよ」

「見てません・・・て、まさかアミさん」

「そうよ、あたし今、美術モデルやってるの」

紗季は目を見開いたまま硬直した。

「マンガじゃないんだから、大袈裟なリアクションやめなよ」翠が冷たい。

「え、アミさん、だって、え、全部脱いで?」

「だからスッポンポンって言ってるでしょ」

自信満々の笑顔で答える麻未を、紗季は驚きと尊敬の眼差しで見つめた。

「凄いですね、お二人とも。あたしには何があるかな」

「だから、一緒に美術モデルやろうよ」

「無理ですって」

紗季は赤面すると、両手を胸に当てた。しかし麻未が粘り強く誘う。

「大丈夫よ。確かにいちばん最初は死ぬほど恥ずかしいよ。でもみんな真剣に絵の勉強をしたいって人ばかりだし、優しいし、嫌らしい気持ちで来ている人なんか一人もいなかったよ」

「何でわかるんですか、読心術でも使ったんですか?」

「空気よ。女の裸が見たいなんてヨコシマな気持ちで来ている男がいたら、会場から叩き出されるよ」

「そんなもんですかね?」

「そういうものよ。でね。女性が人前で全裸になることが、どれだけ大変なことか、男性も女性もわかっているから、最後、モデルに温かい拍手を送られる。初めての時は何か感動したな。やりきった達成感ていうか」

翠が核心を突く。

「紗季は、プロの役者を目指しているんでしょ?」

「はい」

「だったら、お金だけじゃなく、最適の仕事じゃない。人前で裸になることが平気になったら、女優として強い武器になるわよ。全裸はNGですなんてアイドルみたいなこと言ってたら、映画監督に帰れって怒鳴られるよ」

「はあ・・・」

紗季は沈んだ顔でアイスコーヒーを飲みほすと、小声で呟いた。

「考える時間をください」

「いいよ、ゆっくり考えな」

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