《MUMEI》
6
急なことで、即答を避けた紗季は、アパートに帰ると、じっくり考えた。

「美術モデルかあ・・・」

彼女は服を脱ぎ、バスルームでシャワーを浴びた。体に自信がないわけではないが、下着姿を見られただけで悲鳴を上げるほどシャイなのだ。

稽古場や本番の舞台裏では、皆が見ている前で早着替えすることもあるが、女の着替えを見ている余裕のあるスタッフなどいないことはわかっている。1分1秒を争う本番の舞台裏では、余計なことは考えないものだ。

でも、裸婦モデルは意味が違う気がした。長時間全裸でポーズを取り、スケッチブックを抱えた男女が裸体をじっくり見ながらデッサンする。あり得ない。

しかし、紗季は「待てよ」と考えた。実際話を聞いたことがあるだけで、ヌードデッサン会に参加したことはない。大学の美術部が、教室でヌードデッサンをしているシーンは、マンガで見たことがある。

男女学生が20人くらいすわっていて、台の上に全裸の女性がポーズを決めて立っている。恥ずかしくないのだろうかと疑問に思っていたが、きょう初めて、身近に経験者がいた。

「でもなあ」

紗季は脱衣所で髪と体を拭きながら思った。

「アミさんは特別かもよ。かわいいし、スタイル抜群だし、自信満々でしょう」

一人暮らしだから、バスタオルを巻くこともなく、紗季は全裸のまま部屋に戻った。1DKの狭い部屋だ。

彼女は迷っていた。確かに女優になるなら、裸OKは強い武器になる。かわいいだけでは競争の激しい芸能界で生き残れるわけがないし、一度売れてもすぐに消える。

紗季は、生まれたままの姿で全身鏡の前に立った。別に悪くない。しかし、人前に出て、どうなるかは全く想像することもできない。もしも頭の中が真っ白になって気を失ったら終わりだ。

全裸のまま倒れたら赤っ恥では済まされない。彼女の妄想が始まった。もしも、三宅冬政のような強盗や暴漢が会場に乱入したら、最初から全裸のモデルは不利もいいところだ。

「いけない、いけない」

紗季は映像を打ち消した。そんなありもしないことを考えるのは、麻未など実際に美術モデルをしている人たちに失礼だ。

紗季はピンクのパジャマを着ると、パソコンを開いた。「裸婦モデル」「美術モデル」など、いろんな言葉で検索しては、実際に行われたヌードデッサン会の模様を見てみた。

麻未の言った通り、健康的な雰囲気を感じる。でも、やはりモデルは文字通り全裸だ。紗季は、改めて凄いことだと尊敬の気持ちが芽生える。

裸絵のモデルに、全く興味がないかというと、そうではなかった。興味は前からあったのだ。実際、自分がその場に立って、大勢の見知らぬ男女に裸を見られて、どういう気持ちになるか。こればかりは、本当に想像できなかった。紗季は唇を強く結び、おなかに手を当てた。

度胸を決めてみようかと思うと、胸が激しくドキドキしてくる。やはりやめるべきか。葛藤は続いた。結局、結論が出ないまま、ベッドに潜り込んだ。

「ううう・・・悪い夢見そう」

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