《MUMEI》
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そして、いよいよ初仕事の当日。紗季は、控室で服を全部脱ぎ、白いバスタオルを巻いた。

「ふう・・・」

今さらながら胸のドキドキが止まらない。彼女は震える膝に気合を入れた。美術講師は安藤淳仕という男性で、30歳だという。小柄な人で、気さくな性格だった。

「星奈紗季さん。準備はいい?」

「はい、いつでもスタンバイOKです」

「緊張してる?」安藤が笑う。

「はい、ものすごく緊張してます」

顔を紅潮させる紗季に、安藤が優しく言った。

「皆さん優しい人ばかりだから大丈夫だよ」

「あの、きょうは何人くらいですか?」

「20人かな」

紗季は赤面した顔で聞いた。

「男の人は、どれくらいいますか?」

「10人以上はいるよ。男性のほうが多いよ」

「そうですか」

紗季は深呼吸すると、控室を出た。20人の視線が一斉に注がれる。紗季はますます緊張した。

(恥ずかしい・・・)

安藤淳仕は、ニコニコしながら緊張しまくりの紗季を紹介する。

「星奈紗季さんです」

拍手が会場を包む。

「星奈さんは、きょうが初めてのモデル体験なので、温かい目で見てあげてください」

「あ、よ、よろしくお願いします」

「よろしく」何人かが明るく声をかけてくれる。

紗季は引きつった笑顔で頭を下げた。

(恥ずかしい!)

台の上に乗るのかと思ったら、床に立つだけだった。隣にイスがあり、イスの背に軽く左手をつき、右手は腰へ。簡単なポーズだ。初心者だから難易度の高いポーズは取らせられない。

脚は肩幅ほど開く感じ。紗季は麻未のアドバイスを思い出した。恥ずかしくても、もじもじしているのは、あまりみっともいいものではない。プロの自覚で胸を張り、背筋をピンと伸ばして、堂々としていなさいと。

紗季は頑張って胸を張った。

「じゃあ、バスタオルをください」

「あ、はい」

いよいよこの瞬間が来てしまったのか。生まれてこのかた23年。彼氏以外の男性に全裸を見られたことなどない。彼女はさりげなく会場全体を見渡した。

年齢はさまざまだ。若い女性もいれば、60歳近いと思われる男性もいる。いちばん後ろに若い男性・・・若い男性・・・。

(え?)

岡田高正がいる。

(何で?)

目が合い、岡田も気まずそうに目線を下げる。まさか、誰かに聞いて。紗季は彼を誤解し、軽蔑の眼で睨んだ。

(最低!)

岡田は、紗季の凄い形相に焦ると、「違う違う」という風に、首を左右に振る。

「星奈さん」

「え?」

「どうしました?」安藤講師が手を出している。「バスタオルをください」

「あ、はい」

今度は軽蔑の眼から一転、哀願に満ちた目で岡田を見つめた。

(岡田君お願い、見ないで)

見知らぬ男女に見られるのも、もちろん恥ずかしい。しかし、芸術のために体を張る崇高な仕事と麻未に言われ、女優修行の一端だと翠に指導され、心を決めたのだ。

だが、知っている男性に全裸を見られるのは死ぬほど恥ずかしい。同じ劇団の、明日も顔を合わせる男性に、全部見られてしまうのだ。あり得ない。

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