《MUMEI》 12喫茶店には、岡田が先に到着した。窓際の席にすわり、アイスコーヒーを注文する。5分遅れて紗季が店に入ってきた。岡田の姿を見つけると、怒り心頭の形相で歩いてきた。 「いらっしゃいませ」 「アイスティーを」 「かしこまりました」 席に着くなり、紗季は本題に入った。 「誰から聞いたの?」 「誰からって?」 「アミさん、それとも翠さん?」 岡田は何とか紗季の速攻を止めようと思った。 「ちょっと待った。話が見えないよ」 「とぼけてんじゃないわよ。あたしは死ぬほど恥ずかしくて気を失いそうだったんだからね。人の仕事の邪魔しないでよ」 「紗季チャン、誤解だよ。君がモデルやってるなんて知らなかったよ。オレのほうこそびっくりしたよ」 「岡田君、絵なんてやってたっけ?」 「前からやってるよ。ヌードデッサン会だって初めてじゃないよ」 紗季は怖い顔で睨む。アイスティーが運ばれてきた。彼女はストローでふた口飲むと、疑いの眼差しで岡田を見る。 「本当に知らなかったの?」 「信じてよ。知ってたら来ないよ。オレ、そんな卑怯なことしないよ」 紗季はアイスティーを飲みながら考えた。 「偶然なの?」 「もちろん偶然だよ」 今度は、攻撃の角度を変える。 「じゃあ、何で気分が悪くなったとか、急に用事を思い出したとか言って、退席してくれなかったの?」 「それは・・・」 「あなたに裸見られて死ぬほど恥ずかしかったんだよ」 「・・・・・・」 それを言われると反論できない。紗季の裸は見たかった。気を利かして退席するという発想は全く浮かばなかった。 「郵便局強盗の劇が決まった時、ミーティングであたしの意見聞いてたよね。彼氏ではない、同僚のような身近な男性に全裸を見られることは、死刑宣告に等しいと」 岡田は黙って俯いた。反論の言葉が見つからない。 「・・・見たの?」 「え?」 「あたしの裸。見たんでしょ?」 「いや・・・」 紗季は両手で肩を抱くと、赤面した。 「恥ずかしい。岡田君に全部見られてしまうとは、ああ、恥ずかしい」 「ごめん」 「今さら謝らないでよ」紗季は口をすぼめる。 「許してください。君には嫌われたくない」 そういう低姿勢で頭を下げられると、紗季も考えてしまう。 「わかったわよ。今度、会場教えるから、そこには来ないでね」 「今後も続けるんだ?」 「そのつもり」 「わかった。絶対行かないよ」 「みんなには内緒よ。知ってるのはアミさんと翠さんと岡田君だけだから。特に今泉団長には絶対に言わないで」 「何で?」 紗季は店内を見回すと、小声で言った。 「知ったら100%会場に来るでしょう」 「まさか、そんな人じゃないでしょ」 「そんな人よ。お願いだから内緒にして」 「わかったよ」 紗季は怖い想像をしてしまった。ヌードデッサン会場の最前列で、スケッチブックを抱えた満面笑顔の今泉哲がいる。あってはならないことだ。 彼女は心配になり、急いで麻未と翠に口止めを徹底した。二人も同意見なのでホッとした。情報が漏れれば、今泉団長と三宅冬政は1000%会場に来ると。 「芸術が目的じゃないヨコシマな輩は、会場に入れてはいけないのよ」 前へ |次へ |
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