《MUMEI》
エロスか芸術か 1
稽古場で、団長の今泉哲が、独り言を呟きながら、何か考え込んでいた。

「靴じゃなあ・・・」

そこへ、24歳の坂北未来が声をかけた。短めの髪がよく似合うボーイッシュで小柄な女子だ。

「監督」

「お、ミク」

「何考え事してるの?」満面笑顔で隣にすわる。彼女は若いが、なぜかみんなにタメ口を叩く。「靴がどうしたって?」

「いやね。女性警察官が靴を犯人に投げるのは、ちょっとリアリティーに欠けるかなと」

また変更か。しかし大事なことだ。妥協は良くない。最初の脚本が、練習するたびに変わるのは不思議なことではない。実際の映画撮影でも現場でどんどん変更になることがある。

「靴が何でリアリティーに欠けるの?」

「犯人は油断なく構えてるわけだからさあ、犯人を油断させる何かが必要なんだよね」

勘の鋭い未来は、ニンマリして聞いた。

「靴じゃなくて制服?」

心の内を読まれたことに驚いた今泉だったが、喜んだ。

「ミクはどうしてそう頭がいいんだ?」

「監督の考えてることなんてわかるよ。要するに紗季の下着姿が見たいんでしょ」

「バカ、違うよ」

未来の声は大きかった。遠くにいた紗季が振り向く。

「下着?」

下着と聞いて、露畠竜也、岡田高正、三宅冬政、朝乗翠、今倉麻未が、皆興味を持って集まってきた。

「何話してるんですか?」

「ラストシーン変更したいんだって」未来が怪しい笑顔で答える。

全員が集まって、自然にミーティングになった。

「これはあくまで僕の意見だけど、最後投げるのは靴じゃなくてさあ。制服はどうかな?」

「制服?」紗季が顔をしかめる。

「犯人は淫らな男なんだ。で、女性警察官が靴を脱ぎ、いよいよ制服のボタンを上から一つ一つ外していく」

「却下」

「たんま、紗季、人の話は最後まで聞こうよ」今泉は続けた。「で、ついに制服の上を・・・あ、違うな、最初にスカートを脱ぐんだ」

「却下!」

今泉は、怒る紗季を無視して話を続けた。

「最初にスカートを脱いで、犯人を油断させる。そして上の制服も脱いだら、完璧に下着姿になってしまうとヨコシマな期待を犯人に抱かせたところで、制服を顔に投げる。犯人が何をするって焦っているところへ、岡田が高速タックル!」

「嫌ですよ絶対」紗季がムッとした。

冷静に聞いていた翠がすました顔で言う。「お色気を使うのは、たぶん女性客から苦情が来るね」

「お色気じゃないよ」

「あたしも反対です」麻未も強く言った。「女性客だけじゃなく、ライバル劇団からもクレームが入りそう。それはやらないというのが、暗黙の了解だから」

「それって?」竜也が聞く。

「だから、お色気よ」

「暗黙の了解か」竜也が反論する。「でも、タブーに挑戦しないと何も変わらないよ。無難な線で行くなら問題は起きないけど、伸展もない気がするな」

「よく言った竜也」今泉は竜也の両手を握る。

「ちょっと待ってください。あたし、下着姿になんかなりませんよ。それに、反則じゃないんですか?」

「紗季の言う通り、反則ね」翠が加勢する。

今泉は腕組みすると、皆を見回した。

「これは、意見が男性陣と女性陣に別れたか」

「僕は反対ですよ、下着姿になる必然性がないですよ」

「岡田君」今泉は泣き顔だ。「何自分だけ好感度アップ狙ってるの。エネゴリ君と呼ぶよ」

「はっ?」

今泉はいきなり立ち上がると、力説した。

「テレビに出てる有名人を高いギャラ払って呼べる有名劇団は、自然に客が入るんだよ。テレビで宣伝もできるしね。しかし我々無名の劇団にはそんな宣伝費も高額なギャラを支払える金もない」

「たとえ払えても出演してくれないでしょう」三宅冬政が冷静に言った。

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