《MUMEI》
3
紗季たちは勢いに乗っていた。勢いに乗っている時は、アドリブも冴え渡り、会場を爆笑の渦に巻き込む。稽古場にも熱気があった。

また団長の今泉哲と女性陣が口論している。

「やっぱりね、ラストシーンだけが衝撃的でもいけないよね。夏だし、ちょっとプールのシーンを入れようか?」

「プール?」麻未が顔をしかめる。

「そう。ヒロインの紗季はシャイなんだ。だから人前で初めて全裸になる前に、度胸試しをしようといろいろ試す。まずは極小ビキニで訓練」

「却下」麻未が言った。「それはおかしいよ絶対」

「もちろんプールだから、翠と未来とアミちゃんもセクシーな水着でプールサイドを歩いているんだ」

「人の話聞いてます? 却下って言っているんですよ」

「ヤですよ極小ビキニなんか」紗季が口を尖らせる。

「でも訓練という必然性があるよ」竜也が反論する。「水着が恥ずかしいんじゃ、全裸なんか無理に決まっている」

「あとは銭湯ですね」三宅もアイデアを述べる。「わざと全裸で男の番台のそばへ行き、牛乳くださいと」

「全裸はまずいっしょ」未来が言った。

「僕は両方とも反対です」

「出たな、エネゴリ岡田」

「真剣な話ですよ」岡田はムッとした。「水着とか銭湯とか、やっぱりお色気で勝負してる劇団って批判を浴びそうで怖いですよ」

翠も加勢する。

「監督。岡田君の言う通り、一度そういうレッテルを貼られたら剥がすのが大変ですよ」

「そんなことはないよ。裸と聞いてすぐにエロスを想像するほうがよっぽど偏見だよ。まあ、銭湯は全裸だからヤバイとしても、プールのシーンは付け加えようか」

今泉と女性陣の口論が激しくなる。

「あたしたちはスケッチする学生の役なのに、水着でエキストラはおかしいでしょう」

「おかしくない、全然おかしくない、人がいないんだからしょうがないでしょう」

「ただ単に監督が水着姿を見たいだけでしょ?」

「良く言うよ。こんな紳士をつかまえて」

「どの辺が紳士なの?」

「僕ほどの紳士が日本に何人いると思っているの?」

「1億人くらいじゃない」

「おおおおお!」今泉は走っていって両手を広げ片足を上げると、「白鳥の湖!」で止まった。

「滑ってるよ」未来が冷たい。

「受けるさ、もう大爆笑」

「本番ではやめたほうがいいよ」翠も冷めた顔で言う。

「絶対受けるよ」

「しかし」竜也が言う。「そこまでオーバーアクションやって会場がシーンとなったら、精神的ダメージは計り知れないな」

「滑ることを恐れたらアドリブは吐けないよ」

「じゃあ、滑ったら、滑ったなってフォローしてあげる」未来が笑う。

「100%滑るから始めからやらないほうがいいと思う」翠が真顔で忠告する。

紗季は心配顔で聞いた。

「無理に付け加えないほうがいいですよ。プールも銭湯もなしですよね?」

「あまりいじり過ぎると違う物語になってしまいますからな」

三宅の一言に皆大笑いし、プールと銭湯のシーンはなしにした。紗季はホッとした。

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