《MUMEI》
10
「ん?」立石が入口のほうを見る。

「警察だあ!」

「警察?」

立石とほかの男たちも蒼白になった。紗季はじっと黙っていたが、男が彼女にナイフを向ける。

「んんん・・・」

「おとなしくしてたら解放してあげる。だから絶対に静かにしてろ、な?」

紗季はゆっくり頷いた。

「ちょっと困りますよ刑事さん、ダメですよ入らないでください、モデルが全裸でいるんだから!」

「うるさい! 警視庁の露畠だ!」

「同じく・・・岡田だ」

紗希は焦った。あまりにも聞き覚えがある声と名前。そして、プロとは思えない演技のヘタさ。

(嘘でしょ)

警察と聞いた時は助かったと思ったが、望みは薄いか。

「刑事さん」

立石は、揉み合っている四人の前に行った。

「お二人が本物の刑事かどうか、証拠を見せてください」

「だからほら、警視庁の露畠だ」竜也は手帳をしまうのが早い。

「岡田だ」

岡田にいたっては手帳もない。立石はほくそ笑むと、言った。

「ここはヌードデッサン会場で、モデルが全裸でいます。刑事さんといえども、会場に入れるわけにはいきません」

「じゃあ、何か羽織らせなさい。聞きたいことがある」

「ところで、何か事件でも起きたんですか?」

「通報があった。ここで違法なヌードデッサン会をやっていると」

「違法ねえ」

立石は、腕組みして考える格好をすると、怖い目で二人を睨んだ。極道の目。竜也と岡田が気圧された。

「二人が、あまり刑事に見えないんだけどねえ」

「何を言ってる。嘘だと思うなら警視庁に連絡しろ」

「もう一度警察手帳を見せてください」

「何度も見せてるだろ、ほら」

またしまうのが早い。

「ちゃんと見せてください」

「しつこいな貴様は」

竜也がもう一度警察手帳を出すと、屈強な男が二人がかりで竜也の腕を押さえ、手帳を奪った。

「こら、何をする!」

「し・・・公務執行妨害で逮捕するぞ」岡田の声が裏返っている。

紗季は神妙な顔でじっとしていた。知り合いとバレたほうが危険だったりする。

立石は手帳を見ると、笑った。

「偽物だ」

「テメー」

巨漢二人が竜也と岡田を睨む。岡田は一か八か、何度も練習した高速タックルで巨漢を倒す。

「貴様、やるのかガキ!」

四人が乱闘になった。立石が怒鳴る。

「おい、来い」

「へい」

紗季は一人に任せて、九人の男たちが一斉に竜也と岡田に襲いかかる。紗季は顔をしかめた。こんな大勢に殴られたら死んでしまう。

(どうしよう?)

だが、天は紗季たちを見放してはいなかった。

「警察だあ!」

「あっ」

殴られながらも竜也は、入ってきた強面の刑事を見た。あの北倉刑事ではないか。

立石をはじめ、男たちは動きを止める。北倉は大勢の刑事と警官を引き連れて、奥に行った。紗季を発見。

「監禁の現行犯で逮捕する。全員確保!」

何人か刃向かうものの、あっという間に一網打尽だ。岡田と竜也は、すぐに奥に走った。何と、紗季がバスタオル一枚の半裸で手足を縛られている。

「紗季チャン!」

「紗季!」

二人がかりで手足をほどき、猿轡を外す。紗季は「わあああああん!」と号泣しながら岡田に抱きついた。

「怖かったあ! もうダメかと思ったあ!」

「ダメじゃないさ」

岡田も泣き顔で紗季を強く抱き締める。紗季のセリフから、竜也は、取り返しのつかないことはされていないと察知し、安堵の笑みを浮かべた。

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