《MUMEI》 12数秒の沈黙。紗季はビールを注いだ。 「飲みが足んないよ」 岡田はグイグイとビールを飲みほすと、また自分で注いで一気にグラスを空けた。 「行けるじゃん」 段々と紗季の笑顔が戻ってくる。竜也の選択は正しかったのだ。岡田は彼女のショックを和らげようと思うが、言葉が浮かばない。 「岡田君」 「何?」 「あたしのこと、どう思ってる?」 「え?」 いきなりのストレート。岡田は戸惑った。 「どうって?」 「前に、食事誘ってくれたでしょ」 「あ、ああ」 「あの時は断ってゴメンね。せっかく誘ってくれたのに」 「そんな、いいよ」 紗季はニコニコすると、ビールを注ぐ。 「さあ、飲みなさい、飲んで酔いなさい」 「え、何だよ」 岡田は笑いながらもビールを飲む。 「あの時は、どういう気持ちであたしを誘ったの?」 「どういう気持ちって」岡田の顔が赤い。 「だって、劇団のメンバーで食事に行くならわかるけど、二人きりでしょ」 紗季は攻める。 「アミさんとか、翠さんとか、ミクさんとか、あたしよりもかわいい女子がいるのに」 「よく言うよ、君が一番かわいいよ・・・・・・あっ」 岡田は焦るが、紗季は笑った。 「アハハ、今のは言わせちゃったかな」 「今のは言わせたね」 「何?」紗季は両拳を上げると、岡田の肩を連打。「ボンボンボン!」 岡田は生まれて初めて、いちゃつくカップルの気持ちが少しわかった。もちろん人前でやることではないが、バカップルは過言であろうか。 「で、どういう気持ちであたしを誘ったんですかあ?」 「酔ってる?」 「少し」 眠たそうな目をする紗季がたまらなく魅力的に映る。岡田も意を決した。 「じゃあ、最初の質問に答えるよ」 「え?」 「紗季のこと、どう思ってるか」 「おっと」 紗季は、岡田の真剣な表情に少し焦ったが、まじめに聞く姿勢を見せた。 「好きだよ」 「・・・・・・」 紗季はビールを飲みほすと、聞いた。 「その好きは、どういう好き?」 「恋してる」 ストレート。効いた。紗季は唇を強く結び、岡田を見つめる。 「恋してる・・・・・・それから?」 二人は見つめ合った。 「付き合いたい」 「・・・・・・」 告白。紗季は無表情で俯いた。岡田は重ねて言う。 「付き合ってください」 彼女は両目を閉じると、深呼吸。優しい眼差しを岡田高正に向けた。 「いいよ」 「マジか?」 岡田は驚き、そして喜んだ。急転直下。まさかこういう展開になるとは。人生、本当に何があるかわからない。一寸先は闇とは、善悪両方の意味に使えるのだ。 「あああ・・・」 紗季は両手を上げて伸びをすると、さりげなく言った。 「そろそろ帰る?」 「え?」 「それとも、泊まってく?」 「!」 岡田は目を丸くして紗季を直視した。 「あ、今変なこと想像したでしょ?」 「してないしてない」 「ヤらしい」 「嫌らしくないよ」 紗季は両手で胸を押さえると、顔を紅潮させた。やはり酔っている。 「あたし、岡田君に全部見られちゃった時から、嫌でも意識しちゃってね」 「あ、それは・・・」 「恥ずかしかったあ」 紗季は思い出して笑みを浮かべる。 「女にとってそれは無視できない特別なことでしょう。だって、知り合いの男子に全部は見せないもん」 責められているのか。よくわからない。 「岡田君」 「はい」 「きょうは、勘弁して」 「わかってるよ」 紗季は立ち上がると、あくびをした。 「あたしがベッドね」 「当たり前じゃん」 「襲わないでよ」 「そういうこと言い過ぎると、襲ってほしいように誤解するよ」 「あっ」紗季は喜んだ。「岡田君でもそういう危ない冗談言うんだ。日頃悪い人と接し過ぎたかな」 岡田は複雑な表情をした。自分だって人畜無害ではない。 「そういうからかうことばかり言うとねえ、約束破るよ」 「わかったやめて」 本気の焦り顔で両手を出す紗季がかわいい。岡田は舞い上がっていた。 前へ |次へ |
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