《MUMEI》
14
「話を進めてください」翠が切った。

今泉は咳払いすると、話を続けた。

「今回はもうね、幕が開いてファーストシーンで観客を釘付けにしてみせるよ」

「へえ」紗季が感心する。

「ファーストシーンで最後まで観ようと思わせるか否かが勝負だから」

理念が正しくても、面白い物語を描けるかどうかは別問題だ。

「ジャジャーン。さあ、幕が開きました。舞台の中央にはなぜか十字型の磔台」

「え?」紗季は焦る。

「そこに妃の麻未が無念にも水着姿で十字磔にされて、うな垂れている」

「たんま!」麻未が遮る。「水着は絶対におかしいです!」

「話は最後まで聞こう」今泉は早口で説明する。「水着姿の妃が十字磔にされて・・・」

「何で水着なんですか?」

「意見はあとで聞くから」

「妃なら、普通の衣装でいいじゃない」

唇を尖らせる麻未に、翠と紗季も同調する。

「またセクシー路線?」

「邪道路線でしょ」

「誰がトリケラトプスや」

「言ってません」

今泉は女性陣の速攻を振り切り、まくる。

「で、妃の目の前には、妃を守ろうとする一人の騎士。もう一人は、妃の全てを奪おうと企む邪悪な悪党。わかるでしょう、この場面」今泉が満面笑顔だ。「妃にしてみれば、絶対に騎士が勝ってくれなければ困る。もしも邪悪な悪党が勝ってしまったら、無抵抗な妃はどうなるか?」

「もしかしてAVを見た?」

「おおおおお!」

「それはいいから」翠が白鳥の湖をやらせない。「怪しい動画でも見たんですか?」

「違うよ、バカにしちゃいけないよ、僕のオリジナルだよ」

「まずは監督の話を最後まで聞きましょうか」三宅が冷静に言う。

時間がもったいないので、皆口を挟まずに今泉の説明を聞いた。

「で、妃の目の前で決闘が始まる。しかし! これがまた、あんた、邪悪な悪党が騎士を打ち負かしてしまうんだよね」

「そうだろうね」翠が小声で呟く。

「ジャジャジャジャーン。困り果てるのは無抵抗の妃。慌てふためいた顔で身じろぎする。邪悪な悪党が美しき妃にゾッコン惚れ。妃よ。俺の嫁に、なれい」

今泉は酔いながらオーバーアクションで力説する。

「妃にしてみれば死刑宣告に等しいが、頼みの綱の騎士がやられてしまった以上、あまり生意気な態度も取れない。何しろ無抵抗だから」

「無抵抗、無抵抗って」紗季は呆れる。

「求婚された妃は、自分の身を守るために、受けるしかなかった。何という悲劇か」

「悲劇を語っているようには見えないけど」

「キャハハハハハ!」

「いちいちうるさいねえ」今泉が笑顔で怒る。「スリリングでしょう。エキサイティングでしょう。無理やり寝室に連れて行かれる水着姿の妃」

「水着は却下」麻未が妥協しない。

「この序盤で観客はもうハラハラドキドキしてるよ、きっと」

「女性客がゾロゾロ帰ったら悲しいね」

「監督」竜也が意見を述べる。「寝室で一枚一枚服を脱ぐなら、水着姿よりも、妃の煌びやかな衣装のほうがいいのでは?」

「なるほど深い」

「脱がないでしょう?」麻未は焦る。

「そうですね」三宅も口を出す。「水着姿の女性に脱げと言うよりも、ちゃんと服を着ている女性に脱げと言ったほうがスリリングですよ」

「却下、却下、却下!」麻未が怒る。「そんなヨコシマな意見ばかりなら役下りるよ」

「そうですよ、まじめにやりましょうよ」岡田も一緒に怒る。

「出たなエネゴリ岡田」

「その呼び名は怒りますよ」

「冗談ではないか」今泉が笑顔で焦る。

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫