《MUMEI》
17
そのあと全員で居酒屋に行ったが、結局結論は出なかった。途中で酔って余計に収拾がつかなくなってしまった。

何人かはカラオケに行ったようだが、紗季は強引に誘われるのを何とか振り切り、岡田高正と二人で夜道を歩く。

「あああ、ちょっと飲み過ぎた」

「大丈夫?」

「ううう・・・」

顔を紅潮させて、ふらふら歩く紗季がかわいい。岡田は愛おしくてたまらなかった。

「でもさあ、あたしが磔にされた時は、岡田君勝ってよ」

「酔っ払ってる?」

「あたしはシラフよ」

「酔っ払いの特徴は自分は酔ってないって言うことだよ」

「でもさあ」紗季は両手を水平に広げる。「こうされて無抵抗の状態で悪党に求婚なんかされるのはヤーよ。絶対に勝ってね」

「勝つよ」

「ホントに?」

「そりゃあ死んでも勝つよ」

「ふーん」

紗季は危ない笑顔になると、いちいち両手を水平に広げる。岡田は「やめなさい」と手を下げさせるが、紗季は面白がって両手を広げる。

「磔状態で求婚されたら、身を守るために一旦受けちゃうな」

「嘘」岡田は驚いて紗季の横顔を見る。

「だって意地を張ったために殺されちゃったら困るじゃん」

「竜也さんたちの妄想癖がうつったか?」

紗季はニンマリすると、岡田を見た。

「寄ってく?」

「あ、うん」

「あたしを磔にしないと約束してくれるなら」と両手を広げる。

「しないよ」

「何それえ」紗季は両拳を握ると、岡田の肩に左右のパンチ連打。「言わないの。そういうこと言うと磔にしてほしいように聞こえるよって。岡田君のギャグ」

岡田は腕組みすると、笑顔で首を左右に振る。その冷静な仕草はますます気に入らない。

「あ、そう。じゃあ、もういい。部屋になんか入れてあげない」

ムッとする紗季に少し焦る岡田。惚れた弱味で、彼女に合わせてしまう。

「今夜泊めてくれるなら、部屋に入りたい」

「え?」紗季は笑顔でおなかに手を当てる。「ダメよ、マジで」

「何がダメなんだ?」

強気に迫られると、今度は紗季のほうが慌てる。恋愛経験が豊富なわけではないし、もしもそうなった時の心の準備ができているわけではなかった。

女は男と違い、彼氏にリードを任せてしまえばいいわけだが、いざとなると緊張する。岡田高正のことはよく知っているといっても、ベッドの上のことだけは、未知数だ。

彼氏が別にテクニシャンでなくてもいいが、それなりに慣れていて上手なら嬉しいし、頼もしく感じるかもしれない。もちろん不慣れだからといって幻滅することはないのだが。

慣れ過ぎていて変態でも困るし、でも、刺激的なプレイが嫌いなわけではない。興味はある。紗季は歩きながら頭の中を急回転させた。

「岡田君」

「何?」

「岡田君は、付き合ったとたんに威張るような男じゃないよね?」

「それは最低の男だよ」

「そうだよね。あたしは、優しいのが好き」

白い歯を見せて笑う紗季が眩しく光る。

「大丈夫。優しくするよ」

「優しく愛して」

「愛して・・・日本語は難しい。いろんな意味に取れるから」

「もちろん、大人の意味よ」とまた笑顔で両手を広げる。

「それはやめなさい」

「キャハハハハハ!」

一度、全裸を見られているからといって、ベッドの上で見られるのとは意味が違う。紗季は本気で緊張してきたが、恋愛経験は女優の必須科目かもしれない。

アパートに着いた。胸の鼓動が高鳴る。それは岡田も同じこと。紗季は鍵を差し込み、ドアを開ける。

「どうぞ」

「お邪魔します」

二人は、部屋の中に入った。エロスと芸術は紙一重。あるいは、別物と切り離して考える必要は、ないのかもしれない。人の一生が劇だとすれば、そこに、全てが包含されているのだから。



END

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