《MUMEI》
10
ふみは言われた通り、もう少し蛇口を捻った。

「では、また呼びますから、お部屋でお待ちください」

「はい」

ふみは笑みを浮かべた。シャイなピザ宅配と違い、自分の体を思いきり直視するこの点検員は好感が持てる。女がバスタオル一枚や水着姿で出るということは、見られてもいいからなのだ。だから見るのは失礼ではない。

「見ないほうが失礼よ」

ふみは部屋に戻った。さて、どうするか。今度こそ時間がある。お湯が止まったり、出たり。音でわかる。そういう意味かと思い、ふみは水着のままうつ伏せに寝転がり、テレビをつけた。

緊張する。ドアの鍵は開いているのだ。ドアを開ければ、玄関からうつ伏せに寝ているふみの姿は丸見えだ。

「ううう・・・ドキドキするう」

このスリルがたまらない。少しすると、ドアが開いた。ふみは胸のドキドキが激しくなったが、うつ伏せになったまま、テレビを見ていた。

「・・・・・・嘘だろ」

谷藤は、水着姿のままうつ伏せになっているふみを見た。

「・・・・・・かわいい」

これは、もしかして、挑発しているのか。誘っているのか。急な訪問ではない。前からきょう来ることはわかっていた。さっきは忘れていたと言ったが、あれは嘘で、水着を着てガスの点検が来るのを待っていたのか。

谷藤は頭の中を急回転させた。彼女の真意がわからない。勘違いして襲って訴えられたら困る。ここは慎重に事を運ばねば。

「あの」

「ん?」ふみはわざとらしくうつ伏せのまま振り向く。「あ、ごめんなさい!」

気づいていなかったふりをして、赤面しながら仰向けになる。上体を少し起こし、両手は後ろのほうにつき、片膝を立て、もう片方の脚を伸ばすセクシーポーズで小首をかしげる。谷藤の理性は、万里の果てまで飛んだ。

「印鑑ください」

「あ、印鑑」

ふみは手を伸ばしてデスクの上に用意していたシャチハタを取る。谷藤は靴を脱ぎ、バインダーを持って部屋に上がってきた。ふみはそのままの体勢で余裕で待ち構えている。

「二箇所にハンコください」

「はい」

上体を起こしただけで、脚を投げ出した格好のふみの隣に、谷藤は正座し、バインダーを彼女に渡した。

「こことここです」

「はい」

ふみはすました顔で二箇所に印鑑を押した。

「で、これはパンフレットと注意事項です。あとでお読みください」

「はい」

ふみがパンフレットと用紙をデスクの上に置く。すると、谷藤は真顔で聞いた。

「これでガスの点検は全部終了ですが、ところでお嬢ちゃん。どういうつもり?」

「え?」

「どういう気持ちで、そんな格好で出たの?」

ふみはムッとすると、睨みながら怒鳴った。

「説教するなら帰って!」

谷藤は怒りの形相になると、大きな手でふみの口を強く押さえながら押し倒した。

「んんんんん! んんんんん!」

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