《MUMEI》
旅館ジャック 1
ゆりはキッチンで皿を洗っていた。背後から忍び寄る影。無用心にも鍵を掛け忘れたドアを開け、男が部屋に侵入していたことに、彼女は全く気づかなかった。それは昨日、嫌なことがあって考えごとをしていたからだ。

夫と買い物をした帰り、見知らぬ男が目の前に立ちはだかった。

「おおお、あんたの奥さんか。こんなキレイな奥さんがいたとは全く羨ましいぜ」

夫は暗い表情をすると、「行こう」とゆりの手を取り、早歩きになるが、男はしつこい。

「お、ちょちょちょ。待てよ。シカトはないぜ旦那」

「酔っ払ってるのか?」夫が男を睨む。

「あなた、知っている人?」ゆりが聞いた。

すると、男が答えた。「千葉でーす。酔っ払っていまーす。旦那さんは俺の上司でーす」

スーツを着ているが、どこか荒っぽい感じに見える。体が頑丈そうだ。

ゆりは思い出した。夫が職場で大嫌いな男がいると言っていた。確か名前は千葉だ。この男かと、ゆりは思った。

「俺はあんたの旦那さんにパワハラを受けていまーす」

「パワハラ?」

「相手にすんな」

夫は行こうとするが、千葉が止める。

「奥さん。こんなノーマルな旦那よりも俺の部屋に来な。本当の男というもんを見せてやるぜ、グハハハハハ!」

「失礼じゃないか!」さすがに夫は怒鳴った。

ゆりも、これ以上ここにいると、ヘタしたら喧嘩になると思い、夫と走ってその場を離れた。



昨日、そんなことがあったから、彼女は夫のことを心配していた。千葉は部下らしいが、あんな部下がいたら頭が痛いだろうと察した。

「大丈夫かな・・・うぐぐぐぐっぐ」

いきなり背後から襲われ、口と鼻にハンカチを当てられる。不意打ちに交わしきれず、ゆりは思いきり吸ってしまった。

ガクッとなって、男の腕の中に落ちた。男はゆりを軽々と抱き上げると、寝室へ運んだ。そしてWベッドに仰向けに寝かせる。

「へへへ」

ここで旦那とやっているのかと思うと、嫉妬の炎がメラメラと燃えた。昨日、彼女を見てほとんど一目惚れに近かった。今、改めて寝顔を見ても、透明感のある美しさに惹き込まれる。

「いい女だな・・・」

次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫