《MUMEI》
第3怪:『鏡の中の男』
 給湯室の引き戸を、静かに開ける。すると、なぜか嗅いだことのある香ばしい香りが流れてきた。

(コーヒーの匂い?)

 椅子や机のある部屋の中央に目をやると、先程目にした男の姿が在った。しかし、男は何をするわけでもなく、
椅子に腰掛け読書をしていた。傍らに、コーヒーを置いて。

(はあ!? 何してんの!?)
(くつろいでるね……)
(ゆーが……じゃなくて、七不思議どこ行った!?)

 男に気付かれないよう、こそこそと話す。だが、口から漏れる言葉はツッコミの言葉ばかりだ。
 その時。

「戸の向こうのお前達。何か、私に用か?」

 部屋の中から急に声がし、鈴太郎達は首を竦めた。

(っ!?)
(……!)
(バレたー……)

 急なことだったので体が強張る。逃げることも考えた。しかしどんな人物かを、もっと知りたい。
もっと間近で見たい。
 鈴太郎は思いきって戸を開けた。

「5年2組、鑑 鈴太郎。喜咲小学校の七不思議を解明するために参上した!」

 部屋に入って名を名乗る。澪と静司もそれに続いた。

「同じく5年2組、鈴谷 澪。喜咲小学校の七不思議を解明するために参上した」
「おお、同じく5年2組、つ……筑紫 静司! きっ、喜咲小学校の、な……七不思議を解明するために、
ささっ、参上したっ」

 男はそれを聞くと、立ち上がって引き戸の近くに移動した。明かりを点けるためだ。そしてまた、椅子に
腰掛ける。
 鈴太郎達は先程まで暗闇の中に居たため明るさに慣れず、思わず目を閉じる。
 少しずつ目を開け、目の前を見ると、黄色い目をした、黒髪の男がそこに座っていた。

「アンタが、『鏡の中の男』……?」

 静司が呟くと、男が頷き、こう返答した。

「如何にも。私が『鏡の中の男』と呼ばれるものだ。名は 鬼鏡(キキョウ) と言う」

 静司が驚いている横で、澪は鬼鏡に目を見張った。腰には日本刀が提げられ、戸の後ろに居た時は明るさの
関係で見えなかったのか、コーヒーカップの隣にピストルが無造作にそのまま置いてあるのだ。
 どこからどう見ても本物にしか見えない2品に、いつもは冷静な彼も息を呑む。

 2人がそれぞれのことに驚いている間に、鈴太郎は鬼鏡に物凄い勢いで話しかけた。

「ホントにあんたが七不思議!? なあ、オレ聞きたいこととか沢山あんだよ! 鏡の中ってどんな感じ?
もしかして違う世界? なんで鏡に居んの?」
「まあ、落ち着け、そんなに捲し立てられても答えられん。取り敢えず座れ。今、椅子を用意する」

 奥のお前達も座れ、と言われ、澪と静司も座る。その後ろで、給湯室の戸が閉じた。

 鬼鏡、鈴太郎、澪、静司の他に誰も居ない校舎だ。

 誰も居ない“はず”の校舎。

 “何か”が“いる”真夜中の校舎。

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