《MUMEI》 18小暮亜季は、上司に事情を話し、自分が取調べを行った。まずは料理長の古関竹宏からだ。 「三井寺さんは、旅館によく来ていました」 「常連だったんですか?」 「はい」 古関は俯いたまま、深い反省の色を浮かべながら話した。 「FXって言うんですかね。知識もないのに、儲かるってネットに出てて。手出したら大損して、気づいてみたら借金だらけになっていて」 亜季はじっと聞いていた。 「500万円、すぐ支払えって言われて。困り果てていた時、三井寺さんが全部払ってくれました」 「え?」 「その時、今回の計画を打ち明けられて。情けない話ですが、反対もできずに・・・」 亜季はひと呼吸置くと、言った。 「女性従業員は、あなたに裏切られて、さぞかしショックだったと思いますよ」 「・・・はい」 「その時点ですぐに警察に相談するべきでしたね」 「はい」 相手が絶対に逆らえない状態の時に、共犯の話を持ちかける。悪党がよくやる手法だ。亜季は険しい顔になった。 次は支配人の倉橋一仙だ。旅館で初めて会った時は、やたらと挑戦的な態度だったが、取調室ではおとなしかった。 「私、浮気してたんです」 「そうなんですか」 「私には妻子がいますが、相手の女性は独身で。キャバクラで知り合った子なんですけど。で、ある日、彼女の部屋に誘われたから遊びに行って、その・・・」 「その?」亜季が優しく聞く。 「アレが済んで、二人ともベッドの上に裸でいた時に、ヤクザみたいな大男が部屋に乱入してきて、俺の女に手出したな。オトシマエつけてもらうって」 亜季はいたたまれない表情で倉橋を見た。不倫なら自業自得だが、始めからヤクザの罠かもしれない。 「その時はリンチすると脅かされて、土下座してそれだけはと謝ったんですけど」 「ちょんぎるとか脅されたの?」 「まあ、はい」倉橋は赤面した。「で、その後も旅館に大勢で来て、全部無料で飲み食いされて、女性従業員にもセクハラするし、どうしようかと思いまして」 地獄絵が想像できる。弱味を握ったらとことん来るのだ。 「そんな時、たまたま旅館に来ていた三井寺さんが、男たちの部屋に来て、何だテメーはって最初は危なかったんですけど、誠意を見せればいいんでしょと、大きな財布を男に渡して。男が財布の中身を見ると、目を丸くして、こういう誠意を見せられちゃなとか言って、それ以来一切来なくなりました」 亜季の顔が曇る。 「もしかして、その後、今回の共犯の話を持ちかけてきたんですか?」 「はい・・・」 「断れなかったわけですね」 「すいません」 支配人失格ですね、と言おうとしたが、今は素直に状況を話させることが先決だ。亜季は言った。 「代野通とは面識はありますか?」 「ありません。旅館に来たこともないし、今回初めて見た人です」 「そうですか」 代野は三井寺の子分か。どこかの組に属しているかどうかはわからないが、二人とも堅気ではない。ヤクザもんだろうと亜季は思った。 「倉橋さん。女性従業員が酷い目に遭って、どう感じていましたか?」 「すいません。でも、レイプはしないという約束でしたので」 「みんなが見ている目の前で全裸にされることが、どれだけ残酷な仕打ちか、わかりますよね?」 「すいません」 これ以上責めたところで、どうにもならない。亜季はぐっと堪え、取調べを進めた。 前へ |次へ |
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