《MUMEI》
24
いよいよ、三井寺文世と取調室で向かい合った。亜季は早速聞いた。

「彼女たちに、ある実験をすると言っていたそうですが、今回の犯行動機はなんですか?」

三井寺は、にこやかな顔で答えた。

「正直に言ったら、刑事さん、怒るでしょうね。怒ってもいいけど、殴らないと約束してください」

「殴ったりなんかしません」

「ストックホルム症候群。もちろん知っていますね」

「ええ」

「私は興味がありました。本当にそんな現象が起こるのだろうかと。で、計画を練りに練ったし、過去の事件も調べて研究したんですよ」

亜季は体が震えた。目を見開いて三井寺を凝視する。しかし三井寺は笑顔で話を続けた。

「女の子にとって、皆が見ている目の前で素っ裸にされるのは恐怖です。最初に逆らったら素っ裸にして拷問すると言ったら、みんな震えていましたね。まずは恐怖で支配する。しかし、哀願したら許してしまう。極限状態にいると、感覚が麻痺してくる。本来、私に感謝する必要なんかあるわけないのに、みんなお礼を言うんですよ。かわいいですね」

「・・・・・・」怒りで話を遮ってはいけない。全部吐き出させるのだ。亜季は耐えた。「それで?」

「私に決定権がある。乱暴な代野は怖い。その代野を止められるのは私だけだ。そうなると女の子たちは、自然に私に頼るようになる。三井寺さん助けてと懇願されたら、許してしまう。これを繰り返すと、いい人に思えてくるみたいです」

「・・・・・・」

「犯人と、人質の間に、特別な関係が生まれるんですね。ところが、誤算が生じました」

「誤算?」

「ゆりです。女性客が一人いて、ゆりが皆を勇敢にも助けてしまう。そうなると、人質同士の連帯ができる。犯人の私と人質の間に連帯感が生まれなければいけないのに、五人の従業員は、私ではなく皆ゆりに頼るようになる」

「それが誤算だったと?」

「誤算ですね。ゆりに感化されて、海苛まで反抗的な態度を取るようになった。嫌らしい目に遭うのが怖いうちは怯えてしおらしくするけれども、開き直ってしまったら強い。殺される心配はないだろうと踏めば、あとはエッチなことしかない。それを覚悟すれば強気にも出れる」

三井寺は思い出して笑みを浮かべた。

「痛い目に遭わされることも望むところと腹を決めれば、もう私なんか怖くない。海苛は、みんなを守るために、全裸のまま大の字になって見せた。あれを二十歳の女の子にやられたら、もう私の負けですよ、ハハハ」

亜季は我慢できなくなり、言った。

「実験って、そういうこと。そんなことのために彼女たちを恐怖のどん底に陥れたの? 人の心を弄んで。旅館の従業員同士の絆も破壊して。もうあの旅館はおしまいでしょうに」

「実験は失敗しました。これが、密室で1対1の関係なら、もしかしたらあり得たかもしれませんが」

亜季は鋭い目で睨んだ。

「またやる気なの?」

「まさか。もうしません。十分楽しみましたからね、ハハハ」

「覚悟なさい。あなたの犯した罪はかなり重い。それに加えてその動機じゃ、裁判員が聞いたら何て思うかしら?」

「刑事さん。裁判が楽しみです。しかし、彼女たちに法廷という公の場が、果たして耐えられるか、心配ですね」

三井寺の一言に、亜季はハッとさせられた。

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