《MUMEI》
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千香はイスを滑らせると、パソコンの画面を覗き、顔写真を見た。

田辺幹一は、少しだけ白髪が混じる長髪で、ボサボサ頭か洒落たセットなのか、判別が難しい。写真は白衣を着て満面笑顔だ。

切川琢磨は無表情。洒落た眼鏡をかけていて、無精ひげ。田辺よりもガッシリした体格に見える。

まずは二人のことを詳しく調べた。研究室に入るのは困難なので、二人がよく行く店などを調べた。田辺幹一のほうは、ほとんど研究室から出ることなく、何やら研究と実験を繰り返しているらしい。

そして秘密の部屋があり、そこには田辺と切川しか入れない。少し怪しい。

切川琢磨は、酒が好きで、たまに夜一人で飲みに行く。女遊びもしているようで、こちらのほうが近づきやすい。千香と瑠璃子はそう踏んだ。

「あたしに任せてよ」

瑠璃子は自信満々の笑顔で言った。

「切川琢磨に近づいて、仲良くなって油断させて、研究のことを喋らせるわ」

「ホテルや切川の部屋には絶対に入っちゃダメよ」千香が厳しい目で睨む。

「わかってるわよ」瑠璃子は唇を尖らせた。「体を許すのは邪道よ。あたしはそんなにお安くないわ」

「油断は禁物よ瑠璃子。相手がまだどんな人物かわからないんだから」



瑠璃子は任務を開始する。男を挑発するファッションを考えて、着替える。お色気ムンムンが嫌いな男は意外に多い。季節は夏。瑠璃子は赤いTシャツに白のショートスカート。裸足に洒落たサンダルというラフな格好で出かけた。

自慢の脚線美が男たちの視線を集める。瑠璃子は切川琢磨がよく行く店の近くで張った。

「あっ」

間違いない。183センチの長身。眼鏡。やる気がなさそうな無表情。無精ひげ。切川琢磨がバーに入っていく。

「よし」

気合を入れると、瑠璃子は少し時間をあけて、バーに入った。

「いらっしゃいませ」

客は多い。混んでいる。瑠璃子は店を見渡した。切川はカウンターにすわっていた。彼女も切川と二つ席を離してすわった。いきなり隣にすわって逆ナンパではリアリティに欠ける。

「初めてですね?」バーテンが言った。

「ええ」

「ご注文は?」

「カクテルを。任せますよ」瑠璃子はキュートなスマイルを向けた。

彼女は何気なく切川を見ようと横を向いたが、切川のほうも瑠璃子を見ていた。しかも目をそらさない。

「ん?」瑠璃子は小首をかしげて見せた。

切川琢磨は、目をそらせると、何も言わずに水割りを飲んだ。

(あたしに興味を持ってくれたかな?)

瑠璃子は内心ほくそ笑んだ。切川から声をかけてくれたらラッキーだ。彼女はすました顔で出されたカクテルを飲むと、「おいしい」と笑って、バーテンと話した。

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