《MUMEI》
8
深夜1時。塩刈千香は、自宅のマンションでまだ起きていた。

瑠璃子から連絡がない。まさか約束を破ってホテルや相手の部屋に入っているのではないかと心配になる。瑠璃子のことだから、まんまと犯されるようなことはないだろうと思っても、連絡がないと眠れない。

こちらから連絡すると、スパイだとバレる危険性もあるので、千香は我慢していた。

「あっ」

電話が振動する。千香はすぐに出た。瑠璃子からだが、メールだ。

「え? 何これ」

瑠璃子がバスタオル一枚の姿で写っている写真。笑っていない。意味がわからない。すると、今度は電話がかかってきた。瑠璃子からだ。

「もしもし」

『千香さん、ごめんなさい。ドジを踏んでしまって』

「ドジ?」

男に代わった。

『もしもし』知らない男の声。

「・・・あなたは誰?」

『たぶん名前は知ってると思うけど、切川琢磨』

千香はドキッとした。敵の手に落ちたか。

『心配しなくても大丈夫。酷いことはしてないから』

千香は心臓が止まりそうなほどドキドキしていた。人質に取られてしまったか。おそらく裸にされたのだ。

「彼女を返してください」

『もちろん返すよ。だって、オレたち殺し屋じゃないもん』

ふてぶてしい喋り方だ。千香の額に汗が光る。

『でもさあ、条件があるよ』

「言ってください」

『まず、捜査は打ち切って。オレたち怪しい実験なんかしてないよ』

日本の警察は犯人と取引の交渉はしない。それが鉄則なのはわかっているが、瑠璃子が人質に取られているのだ。ここは取引するしかなかった。

「わかったわ。あなたの言葉を信じて捜査を打ち切ります」

『・・・声若いけど、あんた責任者?』

「はい」

『捜査を打ち切る権限なんかあるの?』

「あります」

数秒間があくと、切川は言った。

『じゃあさあ、君が一人で迎えに来て。そしたら瑠璃子刑事を返してあげる』

「わかりました。どこへ行けばいいでしょうか?」

『とか何とか言って、機動隊とか出動するんでしょう?』

「人質の身の安全が最優先です。あたし一人で行きます。信じてください」

所長の田辺幹一と相談しているのか、何回も間があく。

『じゃあ、場所を教えるね。メモして』

「はい」

場所を聞くと、千香は電話を切り、深呼吸。大変なことになったが、相手が凶悪犯行グループでないことを信じるしかない。千香も女だ。一人で行くのは緊張する。しかし瑠璃子を助けるためには仕方ない。

彼女は、なるべく男を視覚で挑発しないように、ジーパンにTシャツに、長袖のシャツを着ていった。

 

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