《MUMEI》 相棒に双眼鏡を突き返すと、長身の男は斜面を駆け下り始めた。 肉眼で見ればはるか彼方....小さな黒い影としか見えぬ、双眼鏡の中で見た、『その場に存在するにはあまりにも不自然なモノ』へと向かって。 砂に足を取られ、転(こ)けつまろびつしながら斜面を下る長身の男とは対象的に、がっしりした男はゆっくりと斜面を下っていく。 しかしすぐに長身の男の足取りは乱れ遅々としたものとなり、斜面の半ばで足を止めた。 右手でガッと自らの頭をつかんだ長身の男の顔面に、見る間に沸々(ふつふつ)と玉のような汗が浮かんでくる。 相棒を振り返った長身の男の顔は、訝(いぶか)しげな表情が張り付いていた。 長身の男の足を止めさせたのは、穴の底へ近づくにつれて耐えきれぬ程に頭蓋の中で高まってきた耳鳴りだ。 がっしりした男はニヤリと微笑むと、右手にぶら下げていた小さなバックから ヘルメットを取り出し、長身の男へ向かって放った。 「被ると、頭痛が止まるぞ」 ヘルメットを両手で受けとめ、一瞬キョトンとした長身の男を無表情に見ながら、がっしりした男はカバンから取り出した自分用のものを被っている。 「このクレーター内....つまり直径五キロ圏内で、現在、通常値の三百倍のキルリアン値が測定されている」 「三百倍だとおっ?!」 ヘルメットを被りながら長身の男が怒鳴った。 「ああ。三百倍だ。この砂の中に死体でも埋まってたら、生き返って踊りだすかもしれんな」 「信じられん!」 二人は今度は並んでゆっくりと歩きだした。 斜面を下りきると、周囲では夜間作業用の照明装置があちこちで点灯し始めていた。 その中で動きまわっている無数の黒い 人影は、鉄の棒の先に付いた箱のような 機械を、しきりに地表で行き来させている。 機械からはガリガリと、電気的なノイズがひっきりなしに漏れていた。 それとは別のグループは、テントの設営もしているようだった。 何人の人間がこのクレーターの中で働いているのか知らないが、誰もが二人が付けているのと同じヘルメットを被っていた。 「実験開始直後に連絡を絶ったヘリの 残骸は、全て回収。 生存者はゼロ。おそらくその瞬間に塵と化したろう。 実験開始から24時間経過後の現在に到るまで、アレは発見出来ず」 がっしりした男が長身の男に淡々と告げる。 「実験後24時間経っているのに、それだけ高い残留キルリアン値が計測されるとはな! 発動時に一体どれほどの量のエネルギーが発生したんだ?!.... いやはや!想像しただけでゾッとするな!」 言葉の内容とは裏腹に、長身の男の顔に張り付いている、満面の笑みは一体どういう意味なのか? 「いや....まったく、ゾッとする!」 その瞳の奥に宿るのは狂気の喜悦なのか? 前へ |次へ |
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