《MUMEI》

年齢性別も様々な幾つもの顔が、白い靄で形作られ、それぞれ喜怒哀楽の表情を浮かべると、刻もなくすぐにぼんやりと薄れながら白い靄へと還っていく。
白い靄が産み出すのは人の顔ばかりではない。
突然空中に現れた本がひとりでにパラパラと捲れて、沢山の活字を撒き散らしたとみるや、まるで蝶のように羽ばたく動作をし、次の瞬間には本物の蝶の姿に変化して、つかの間羽ばたき消失した。
靴が現れるとタップを踏み、くるくると
コンパスが回りながらバレリーナの姿に変わっていく。
花とそれに水をかけるジョーロが現れ、水は気がつくと無数の音符♪に変わり、するとジョーロはいつの間にかトランペットになっていた。
世界はさながら混沌の坩堝と化したようだ。
ダイスケはそれらを横目に見ながら歩き続けた。

ワッ!と近くで悲鳴が上がった。
見ると鉄の棒の先に付いた四角い機械.
...キルリアン測定器で地面を走査
(スキャン)していた作業員が、視神経をひきづりながら棒上をかけあがって来た眼球を、おぞましげに払いのけるところだった。
眼球が宙を飛びながらボールに変わると
、その行くてにバットが現れ、弾かれたボールは空の彼方に消えていく。
しかし大多数の作業員はそんな異常な
光景に慣れてしまっているのか、そちらを振り返る事もなく、自分の作業を淡々とこなしている。
そうした末端の作業員達よりも、命令を下す立場の上役が現場慣れしていないというのも、よくある話だ。
前方で、両膝に手を付いて上体を折り曲げた修海が、苦悶の呻きをあげながら
胃の中のものを残らず砂上にぶちまけていた。
大丈夫ですか?と駆け寄るドクター・ナカマツを、俺に構わんでくれと片手を挙げて制止している。

「おい修海、大丈夫か?!」

苦笑いしつつダイスケも、二人にゆっくり近付いていった。
嘲笑ではない。あくまで友人を心配する男の顔で。

「何でもない。気にするな!」

さしのべた友人の手をも払いのけ、よろよろと修海は立ち上がった。

「そんな事よりも....」

銀縁の眼がねの奥の両眼は、しかしこの場にいる誰よりも鋭く光っている。

「こいつは一体、何なのだあああああああー?!」

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