《MUMEI》

幸せを呼ぶ精霊が宿ると言われる、高さ
40メートルに及ぶであろう巨大なガジュマルの樹は、別名『歩く樹』の名のごとく、風もないこの場所で、自らの意思で
無数の葉をざわめかせているかのように見えた。

「こんな砂しかない砂漠の真ん中で、どうしたらこんなに巨大なガジュマルが
存在出来るのだ!」

「謎です」

ドクター・ナカマツが指を鳴らした。

「天才的頭脳を持つ僕にも、目下のところ『見当も付かない状況』です。
それも、研究の過程で追々明らかにされていく事でしょう!
しかしこんな事は『神のペン』が持つ力のほんの一端にか過ぎない!という事は、現在の段階でも明確に判明している事実なのです!」

鼻高々に話すドクター・ナカマツの言葉を、修海はまったくと言って良いほど聞いていなかった。

「あれは一体....何なんだ?」

巨大なガジュマルの樹の下に見つけた『それ』へと向かって、引き寄せられるように歩きだす修海へ、ドクター・ナカマツが鋭く警告の叫びを発した。

「危険ですよ、修海さん!キルリアン値が時間経過と共に下がるのと同時進行で、このガジュマルの樹も砂化が進んでいます!」

少年の言葉に違わず、確かによく観察して見るとまだ目立つ段階ではないが、ガジュマルの大樹の所々で砂の色に見える部分がある。
ドクター・ナカマツの警告を証明するように、砂色の葉が数枚ヒラヒラと舞い落ちてきて、粉々に砕け散った。
ドクター・ナカマツが顔を真っ赤にして、なおも喋り続ける。

「完全に砂化するまで、まだ3時間あまりあるであろう事は推測出来ますが、
それより以前に崩れ落ちる樹木の下敷きとなる可能性も、なきにしも有らずです!
僕の立場として、自重ある行動を提案します!」

まるで国会答弁のような仰々しいドクター・ナカマツの叫びも、修海の耳にはまったく届いていない。
いや届いてはいるのかも知れないが、
認識していない。

「おい、修海!」

見かねてダイスケも怒鳴る。

修海は何かにとり憑かれたように歩みを止めない。
その口からはぶつぶつと一人言が漏れている。

「やはりガジュマルの樹には幸せを呼ぶ精霊が宿っている....」

『それ』は修海にとってはまさしく
『吉兆』に見えた。

彼の真の願いをかなえる道への端緒と見えたのだ。
そのまえには他の事など全て、どうでも良い些事(さじ)に過ぎない。

修海は今や眼の前にある『それ』に歩み寄った。

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