《MUMEI》

おにい....ちゃー...ん

遠くから微かな声が、風に乗って聞こえてくる。
聞き覚えのある声....。
夢の中で何度も聞いた....いや..
..遠い過去に聞いた事のある声だ..
..自分を呼ぶ幼い少女の声....!

足元の大地から水が浸々(ひたひた)と
溢れ出す。
靴を濡らすそれから逃れようと、修海は後ずさった。
だが修海を追うように水は大地を浸食し、あっという間もなく、足首の深さまで達する。
水は左から右へと強い勢いで流れていく。
修海はバランスを崩して横転しかけた体を危うく立て直すと、前方を轟々(ごうごう)と流れている濁流を見た。

その濁流の中から....

おにい....ちゃー....ん

また、あの声が聞こえてきた。

「助けなくちゃ....」

という声を、少年とダイスケは聞いた。

よろよろとあらぬ方へと歩き出した修海の背から聞こえたそれは、聞き慣れた
いつもの彼の声ではない。

変声期を迎える以前の少年の声...。

「おい、修海。戻るんだ!」

異変を感じて声を上げたダイスケは、
修海のズボンが裾から膝下まで這い上がるように、濡れた染みに覆われていく様を見た。

「助けるんだ!」

修海がまた、少年の声で叫ぶ。
見えない何かに足元をさらわれるように不安定によろめきながら、なおも前方へ進んでいく。

「待つんだ!修海!」

ダイスケの声が先程よりも急迫した響きを帯びたのは、修海の進む方向の頭上で起きた『ギギイ....!』という、
不気味軋(きし)み音を聞いたためだ。 巨大な重量の落下を不吉に予告するそれは、一度活動を始めれば、3人の命などあっという間に押し潰してしまうだろう。

「ちいっ!」

ダイスケは舌打ちすると、ミシミシギシギシとしなる樹木の天井の下を、修海の背中に向かって走った。

追いつくと、後ろから引き倒さんばかりの勢いで右肩をがっしり掴む。

その時自重に耐えかねた天井が、スローモーションのように頭上から落ちかかって来る様が見えた!

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