《MUMEI》

私は、父親が嫌いだった。私の生まれた家は、父はむことりであり、としよりのほうが順位が上で、私たちが口を出すものではないと怒鳴り付けられたことがよくあった。本来は、親が厳しく祖父母はそれを和らげるのが通例であるはずなのだが、私たちはその逆で、祖父母が君臨し、母は下僕のような態度をとらなければならない。そして私は、祖父母にとって新しい攻撃の対象になった。
母は、父に期待を寄せすぎると言われるほど期待をしているようで、何か事件があると、父に助けを求めた。しかし、父は「わからない」という決め台詞をいい、結果として専門家を毎回呼ぶことになる。まあ、餅は餅屋という言葉もあるにはあるけれど、毎回毎回わからないといっては、結局自分では何もできないことを、私は知った。
それでも、家族は家族で、背に腹は変えられない。なったものは、受け入れるしかないのだ。私は、トラブルがあったときに、父が祖父母と喧嘩をしてくれたらと思ったが、単にいいなりになっていただけであった。その解決を促進したのは主に母だった。
でも、丁度母が音楽会の練習にいっている間、珍しく父が皿を洗っていた。しかも、何だか楽しそうである。日頃から家事などに加わることが一度もなかった人が、なぜあんなに楽しそうなのか、不思議だった。さらに、白髪になったその顔で、茶目っ気たっぷりに笑う。
「あら、珍しいな、どうした?」
「たまにはやってみようとおもってさあ。」
こんな会話をしたのも、何十年ぶりか。
やっぱりこの人はお父さんだったなあ。
そう思えた瞬間だった。
確かに、父は事件解決には難しいけど、こういうことに幸せを感じられる人なんだと想う。
母は、おっちょこちょいで頼りなく、男らしくないというが、私はその父が、なんとなくだけど、笑える人物だなあと思える。まあ、悪いところはだれてもあるし、家族というものは、一番感情的になりやすい民族だから、多少ぶつかってもいいじゃない。
そのくらいに構えていきたいとおもう。
確かに、かつては金の製造マシーンしか認識されていない時もあったし、私自身も怒りをぶつけてしまったこともあった。いまになって気がついたのだが、あの皿洗いをしながら、父は、家族にたいし、お詫びの気持ちを表していたのではないだろうか。



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