《MUMEI》
3
男が暗い表情で下を見ている。彩は責めた。

「このマッサージチェア。ちょっと刺激が強過ぎますね」

「そうでしたか?」

「客のあたしが止めてって言ったら、体が痛いか、気分が悪くなったか。何かしら理由があると思わないんですか?」

「いえ・・・その」

「おかしいですよね?」彩は怒りに任せてとことん責める。「何、あたしに赤っ恥をかかせようとしたの?」

「まさか、まさか、それは誤解ですよ刑事さん」

男は慌てている。刑事と思わせておいたほうがいいか。彩は怖い顔で話を続けた。

「わざと女性客を困らせようとしたのなら、強制わいせつですよ」

罪名を聞いて、男は慌てふためいた。

「ちょっと待ってくださいよ、勘弁してくださいよ、本当に誤解ですよ」

「じゃあ何ですぐに止めなかったの?」

「あ、すいません」

男は深々と頭を下げた。答えられないということは、意地悪しようと思ったのだろう。男たちが見ている目の前で女性に恥をかかせるなんて卑劣だ。

「あたしが警察官じゃなく普通の女性客なら恥をかかせようと思ったの?」

「まさか、まさか。そんなこと微塵も考えたことないですよ」

彩はじっと男を直視すると、わざと低い声で言った。

「調べますからね。あまりにも怪しい。店をしまってください」

「え?」

「え、じゃないでしょう。あなたは今、強制わいせつの嫌疑がかけられているんですよ。無実というなら協力しなさい」

いくら警察官とはいえ、20歳くらい年下の小娘に上から目線で責められている。男は悔しい顔をして拳を握りしめた。

彩はスマートフォンで警察に電話をする。

「小田です。課長いますか? お願いします」

彩は電話をしながら男を睨む。

「あ、もしもし、課長。事件です。あたしは今海の家です」

『海の家?』刑事課長の増永は言った。『贅沢な任務だな』

「任務じゃないですよ。きょうあたしは休みですから。で、一人、男の刑事を寄越してくれますか?」

『何があった?』

「強制わいせつの疑いです」

『参ったな。こっちも大きな事件抱えて人が足りないんだよ』

「強制わいせつは小さな事件ですか?」

婦人警官にそう言われ、増永は急いで訂正した。

『まさか、まさか。重罪だよ重罪。絶対に許されない卑劣な犯罪だ、うん』

「では、一人寄越してください。あたし一人じゃちょっと」

増永は受話器を手で押さえると、デスクにすわってパソコンを操作している若い刑事を呼んだ。

「小池」

「はい?」

「おまえ今あいてるか?」

「あいてません」

「困ったなあ、彩ちゃんが男の刑事を一人寄越してくれって言うんだよ」

「行きます」即答。

「そうか」

増永課長は、再び彩と通話した。

『彩ちゃん。今、小池と代わるから』

「小池君?」彩は顔をしかめた。「小池君じゃなくて、もっといかつい、強面の刑事がいいんですけど」

『バカ、贅沢言ってんじゃないよ。小池に代わるぞ』

 

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