《MUMEI》
3
片瀬は深々と頭を下げたまま顔を上げない。

「申し訳ありませんでした、刑事さん」

一瞬の油断だった。犯人が観念したと思い、ゆっくりと片瀬の手首に手錠をかけようとする。その次の瞬間、片瀬は思いきり頭を上げて小池の顎にぶつけた。

「あああ!」

頭突きでアッパーカットが決まり、小池が怯む。そのボディに片瀬がフロントキック! 小池は吹っ飛びマッサージチェアにすわった。片瀬は素早くリモコンを操作し、小池の手足を拘束した。

「あ、しまった!」

「ハハハ、甘いよ刑事さん」片瀬は悪魔の笑顔だ。

「貴様! ほどけ!」

どんなに怒鳴っても後の祭りだ。彩は生きた心地がしない。全裸のままうつ伏せにされて無抵抗なのだ。

(嘘、どうしよう)

「さやかチャン」

片瀬が満面笑顔で近づいて来る。目をまん丸くして上から見下ろす。怖過ぎる。

「待って」

「僕のこと、そいつって言ったね?」

言っただろうか。言ったかもしれない。それはかなりまずい。彩は蒼白になった。

「待ってください片瀬さん」

「本音が出ちゃったね。そいつかあ。酷い言い方だね」

自然に息づかいが荒くなる。小池がいなければとっくに謝っているが、彩は躊躇した。自分も警察官なのだ。

「さやか」

「え?」

「もう容赦しないよ。どんなに甘えた声で哀願しても、嘘偽りの気持ちってバレちゃったからね」

「やめろ!」小池が怒鳴る。

片瀬は笑顔で移動すると、注射器を持ってきた。彩は身じろぎした。

「待って、それだけは待ってください片瀬さん」

「片瀬さんじゃなくて、そいつでしょう。僕なんか所詮、名前で呼ばれない、そいつだもんね」

片瀬は注射器を彩のお尻に持っていった。小池が見ている目の前でカンチョーをする気だ。それは人間のやることではない。

「やめて、やめて!」

「やめないよ」

「よせ!」小池も蒼白だ。

「さやか。じゃあ、さっきみたいにかわいく哀願してごらん。僕は甘えられると弱いよ」

ここは許してもらうしかない。小池にはあとで説明すればいい。

「待って、片瀬さん。女にとってそれがどれだけ屈辱的な仕打ちかはわかりますよね?」

「わからないよ。だって僕は、そいつだもん」

彩は唇を噛むと、無理に弱気な目をつくり、片瀬を見つめた。

「そいつと言ったことは謝ります。ごめんなさい。裏切り行為でした」

裏切り行為という言葉が、片瀬の心に響いたのか、表情が変わった。

「さやか。それは、本心?」

「もちろんです」

「よーし、じゃあカンチョーは勘弁してあげよう。ただし、こっちはやるよん」

片瀬は注射器を置くと、ドリルマッサージ機を持ってスイッチを入れた。ブルブルブルブルという凄い音に、小池は目を丸くした。

「やめろ、何をする気だ!」

「見てればわかるよ」

「やめて、やめて!」

「さやか。じゃあ、究極の選択。カンチョーとドリルとどっちがいい?」

彩は参った。どっちも嫌だと言ったらカンチョーをする気だろう。カンチョーは絶対に困る。彼女は暗い顔をすると、小声で答えた。

「・・・ドリル」

「ハハハ。やっぱり女の子はカンチョーはイヤか」

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